はるちゃんが帰ってから、部屋に籠っていたらりんちゃんがドアをノックした。

「どうしたの」

「何が?」

「泣いてるでしょ」

「泣いてないよ」

返事をしたのにりんちゃんはドアを開けないで、心配を孕んだ声で続けた。

「じゃあ、なんで泣きそうなの」

「……何で分かるの」

「お兄ちゃんだから」

「なにそれ…」

「まおは、嫌?僕が遥のところにいくの」

「い、嫌じゃないよ、全然。嬉しい。りんちゃんが、幸せで」

「ありがとう」

「……うん」

「寂しい?」

「…」

「僕は寂しいな。泣きたいくらい」

「……りんちゃんずるい。まおも寂しい。嬉しいのに…ごめんね、素直に喜べなくて」

「まおがお嫁にいくときは、僕も泣くよ。自分の事は棚にあげて、まおのこと引き留めるかも。でもね、まおが好きになった人を、僕も大切にしたいって思うんだ。だから、喜ぶ前に泣くだろうけど許してね」

りんちゃんはずるい。
そんなの、まおも同じなのに。
ドアを開けると、りんちゃんは少しだけ目を赤くして「ほら、泣いてる」と笑って、まおのことを抱き締めてくれた。
りんちゃんの胸はずっと変わらない。広くて、温かくて、良い匂いがする。お日様の匂いだ。今日は、はるちゃんの匂いもする。少し甘い匂い。

「…お兄ちゃん」

「んん?どうしたの急に」

「言ってみたかっただけ」

ボロボロと、涙がこぼれ落ちる。音が聞こえそうなほど。嬉しいのに寂しい。簡単なその二つの感情が、同じくらい大きくて胸が一杯で、それをうまく言葉に出来なくて唇を噛むとりんちゃんの手が優しく背中を擦ってくれた。

「まおがこんなに泣いてくれるなら、まだ出ていけないな〜」

「…それはだめ。うぅ、りんちゃんに幸せになってほしいもん」

情けなく震えた声さえ抱き締めるみたいに、りんちゃんは「僕は昔からずっと幸せだよ」と笑う。さらりとそんなことを言えてしまうりんちゃんが好きだ。幸せだと、まっすぐに言えてしまうりんちゃんが。

「まおが居たからね」

「うぅ…」

「世界で一番大事なまおが」

「はるちゃんは?」

「遥も世界で一番大事だよ」

それは世界一とは言わないんじゃないか。一瞬そんなことを思ったものの、遮るみたいに「二人とも一番大事」と繰り返すからつっこむのはやめた。りんちゃんにとってそれが事実だと言うことは痛いくらい分かるから。

まおがりんちゃんに恩返しをしたいと言えば、笑顔で健康でいてくれたらそれでいいと返されることも分かっているし、まおが幸せなら幸せだよと男前過ぎることを本気で考えることも分かっている。だから、やっぱり本人には言わない。
少しずつ“かわいい妹”から、“自慢の妹”になれたら良いなと思う。

久しぶりに嗚咽が漏れるほど泣いたその日、とっても寂しくて悲しかったけれど、それ以上にちゃんと嬉しくて幸せだった。りんちゃんが幸せならまおだって幸せなのだ。可愛い妹をお嫁に出す気分はきっとこんな感じなんだろうと、ちんぷんかんぷんなこと思ったけれど、それも事実。りんちゃんが泣き止むまで抱き締めてくれるのは、この先あと何回あるだろうか。

いつか、まおがりんちゃんを抱き締められるくらい立派になったら、声を大にして言うと決めていることがある。

「泣き止んだ?」

「まだ」

「あはは、すごい声。よしよし」

ダミ声でいい、情けなく震えていてもいい。「りんちゃんに世界一大事にされたまおは、世界で一番幸せだ」と。自分がりんちゃんの誇れる妹になれたら。その時までもう少し、待っていてね。


/fin



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