“試合、応援してるよ”

「まおー!そろそろ休憩終わるって」

「あ、うん!今いく」

うちの兄は完璧だ。
料理が上手で、リクエストすれば何でも作ってくれる。掃除も要領よくこなして、お風呂もトイレも汚いと思ったことは一度もない。部屋はいつでも綺麗で、広くてものがたくさんあるお家じゃないことを差し引いても、整理整頓がきちんと出来た部屋だった。
行事には毎回来てくれたし、何より、とても大事にしてくれた。喧嘩という喧嘩はしたことがない。お互いに怒ることがあっても、罵倒したり手を出したりはしない。仲直りもすぐにする。

「メール?めっちゃにやにやしてたけど、誰だあ〜?」

「内緒」

「怪しい」

そんな兄が、つい先日家を出ていった。恋人と住む家に引っ越したのだ。真夏の暑さにフラフラしながら、我が家から車で40分ほどの場所へ。仕事場へは我が家から通うよりずっと近い。ただ、移動手段を選べない自分からしてみれば車で40分、という距離は遠く思えた。
それでも、相変わらず…

「あ、まおのお兄ちゃん来てるよ」

まおのイベントには来てくれる。
体育館に入ろうか迷っているのか、鉄格子の窓越しに外から覗いているその兄がいる。試合、といっても練習試合で、一年生の自分の出番は少ない。それでもりんちゃんは仕事が休みだと来てくれる。
まおに気付いたりんちゃんが小さく手を振った。頑張ってね、と口の動きで言葉を読み取り、オッケーのサインを出してコートに入った。
まおにはお父さんがいない。まおが生まれてすぐ天国へいってしまった。りんちゃんはまおのお父さんになりたかったわけじゃない、それはわかってる。分かっていたけれど、助けてもらいすぎた、とは、思っている。

目をキラキラさせて応援してくれるそんな兄に、これからどうやって何を返していくか、それをよく、考えるようになった。

「ただいまー」

「おかえり〜お疲れ様」

「今日りんちゃん来てくれたよ」

「そっか、良かったね。せっかくなんだからうちにも遊びにこれば良いのにね」

ままは相変わらずお仕事を頑張っている。
りんちゃんが高校を卒業してからは少し、減ったような気がするけれど自分が小さかった頃どれだけ働いていたのかはよく覚えていないから、比較が出来ない。

「最後まではいなかったから、何か用事あったのかもね」

「そうだね、日曜日だもんね〜。あ、洗濯するのカゴに出しておいてね」

「はーい」

一つ、言えるのは。
思い出されるのはりんちゃんと過ごした事ばかりだということ。決して、ままを責めたいわけじゃない。ただ、まおが見ていた限り、家の事とまおの面倒はりんちゃんの役目だった。りんちゃんはいつもまおと居てくれたし、寂しいことももちろんあったけれど、りんちゃんがままのことを一度も悪く言わないから…むしろ、ままは自分達のためにお仕事頑張ってるんだよと、まおが駄々をこねれば諭してくれた。

「まま〜乾燥機止まってるから出しとくよ」

「ありがとう」

そんなまおたちの前にある日突然、王子さまが現れた。最初、本当に絵本から出てきたのだと思った。大きくて、金色の髪の毛で、ふわふわと笑うその人のことを。その頃ではっきりと覚えていることは少ないけれど、今となってはそれが逆に“居るのが普通”にさせた気がする。




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