「なんだよ今さら。引きに引いてるわ」
「そ、そうだよね、ごめん…」
食べるのを再開した樹くんは手抜きの大根サラダも、残り物の煮物も、美味しい美味しいと言ってくれた。
「あ、引いてるって、音羽じゃなくて、遥のことだぞ」
「へっ、あ…でも、」
「遥のデレ具合にドン引いてる。ほんと、躾はちゃんとしとけよ」
「…やっぱり、樹くんは優しいよ」
ツンデレ、とは少し違うだろうけど、優しさを感じる。この見た目とのギャップの所為で、余計にそう感じるのかもしれない。
「もういいって」
こんなに優しい人が志乃の友達なんだってことが嬉しい、なんて、やっぱり僕も重症だ。
「ん!うまかった!ごちそうさん」
「お粗末さま」
「ほんと突然だったのにありがとな」
「え、全然。むしろまた─」
「馬鹿。遥に聞こえたら機嫌そこねるぞ」
「さすがに、大丈夫だと思うけど」
「わかんねーだろ、じゃあ俺帰るな。まじ美味しかった」
「いいえ、こちらこそありがとう」
樹くんは立ち上がると、柔らかく口元を緩めて微笑んだ。それから僕の頭に手をおいて、ぐしゃぐしゃと撫で回したのだった。
「また遊びに来るわ」
「うん。……あっ、樹く─」
そのタイミングで志乃が戻ってきて、樹くんを手で追い払うような素振りをした。
僕は樹くんに、志乃の中学時代のことを聞きたくて。志乃の部屋で見た写真が、樹くんの微笑みでよみがえったのだ。でもそれは聞けないまま、会話は途絶えた。
「お前ほんとにムカつくな。帰るから安心しろって」
玄関を出た鮮やかな赤い髪は、照り出した太陽の光を浴びて目がいたくなるほどに輝いていた。志乃のはちみつ色の美しい、とは少し違う意味で。ひどく綺麗だと思った。
「じゃーな、夏休み、楽しめよー遥くん」
むわりと、温度をあげ始めた空気に包まれる中、僕と志乃は樹くんを見送った。
また次に会ったときにでも、聞けばいいか。
「すごい偶然だったね」
「嬉しくない」
「学校行かないから、あんまり会えないのに?」
「りんはそんなに樹に会いたいの?」
「そういうわけじゃないけど」
「あ!二人でなに話してたのー?」
「内緒」
「えー、ずるい。やだー」
こんなにも暑いのに、志乃はお構いなしでぎゅうぎゅうと僕を抱き締めて、しばらく離してはくれなかった。それは嫉妬なのか、なんなのか、それでもそれを振り払おうとしない僕はやっぱり彼のことが好きなわけで。
初めて、浮き足立つ夏休みを迎えた。
─ to be continue ..
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