「音羽音羽、おーとはっ」
「……」
「お昼一緒に食べよう。今日ね、サンドイッチたくさん持ってきたんだ」
「……え?」
「屋上行こう。あ、中庭の方がいい?」
「えーっと…」
顔の横で大きなランチバッグを揺らす志乃遥。にこにこと機嫌良く笑いながら、状況を理解できていない僕の腕を掴んだ。そのまま返事も聞かないで、ぐいぐいと引っ張って歩き出す。
「志乃っ」
階段を前に、屋上か中庭かと迷う志乃。軽く掴まれているだけなのに、僕はそれを抜け出す力もない。僕が小さいのもあるけれど、それより志乃が大きいのだ。男同士で20cmほどの身長差がある。
「よし、屋上にしよう」
三階の僕らの教室からは、屋上の方が近いからだろう。仕方なく彼につれられるままに階段を上がった。
初めての志乃とのランチタイムは、初めての屋上となった。そこは驚くほど暖かくて心地良い、気持ちの良い場所だった。まだ四月だから、少しだけ肌寒さを残してはいたけれど。それでも太陽が近い所為か、暖かかった。
「ん〜良い天気だね」
向かい合わせの校舎の屋上は繋がっていて、なかなか広くて人もほどよくいた。しかし、志乃遥の登場で一瞬にして無人になってしまった。こういう時、“ああ、志乃はやっぱり恐れられる存在なんだ”と他人事のように思う。まあ、他人事なのだけど。
ただ、志乃と居ることで自分がどんな目で見られているのか、それを考えては少し虚しくなる。だってその疑問の答えは考えなくても、簡単に出ていて。
「みんないなくなっちゃったから、二人っきりだね。ほら、座って座って」
パシリ、舎弟、いじめの標的…つまり、可哀想な奴。
「早く食べよう」
大きなランチバッグを広げた志乃は、サンドイッチがぎっしりと詰め込まれたそれを僕に差し出した。
「音羽、何が好き?たまご?ハム?あ、焼きそばもあるんだよ」
本当に、何を考えているのか分からない。僕に餌付けして、どうするつもりなんだろうか。ていうか、焼きそばパンならぬ焼きそばサンドイッチってどうなんだろう…とりあえず、にこにこを絶やさず手を伸ばす志乃のために恐る恐る手を出し、適当に一つつまみ出した。
「ハムカツだあ。俺もそれ好きだよ」
「…あ、ああ…そうなんだ」
そういえば、志乃はいつも昼休みになると取り巻きたちとすぐに姿を消していた。勝手に購買とか食堂に行っているんだと思っていたけど。僕の手にあるサンドイッチは、どこからどう見ても手作りで…
「ね、美味しい?」
「ん、んん。…美味しい」
毒を盛られているかもしれない、なんて頭をよぎったが、堂々と学校でそんなことはしないか、と一口口に含んだ。その素直な感想だった。
「ほんと?あ〜よかった!」
一段と眩しく笑った志乃は、安心したように自分もそれを食べ始めた。“良かった”とは、まさか…そういうことだろうか…
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