「りん、俺たちも帰ろう」

「あ、うん」

「まおちゃんのお迎えは夕方?」

「そうだね、一度帰って、いつもの時間に迎えにいく」

梅雨が明け日差しが強くなり、夏らしくセミなんかも鳴き出して、自然と汗も滲んでいる。夏だ。

「…じゃあさ、それまでうち来ない?」

「志乃の、家?」

「うん、お昼ごはん、うちで食べてきなよ」

「それは悪いからいいよ」

「全然迷惑じゃないから、ね」

半ば強引に手を引かれて通る道は、いつもの帰り道。意外と近くに住んでいるのかと思いながら、額から顎へ垂れた汗を鞄をかけた肩で拭った。繋いだ掌はじっとりを通りすぎたほど汗で濡れているけれど、志乃は気にした様子もなく軽い足取りで進む。
そうしてたどり着いたのは、それからしばらくしてからだった。普通に、全然近くなんかじゃなかった志乃の家。僕の家からだと、徒歩ではむしろ遠い距離だった。いつもこの距離を…と、申し訳ない気持ちになった僕に気づいたのか、志乃は「りんの方が学校近いよね、遠くてごめん」なんて言うから、困ってしまった。
僕が言いたいのは、学校から遠い、ではなく。志乃が帰る事を考えると音羽家へ寄るのが明らかな遠回り、ということだ。毎日寄ってくれる志乃に申し訳なくなっているのだ。

「到着。ただいまー。ほら、あがって」

「え、あ…」

昔ながらの瓦屋根に、引き戸の玄関。
おじいちゃんの家、と言えばそれっぽい家。けれどそれは庶民の想像を越えるほど立派な家だった。表札には確かに“志乃”と書かれている。志乃ってかっこよくて、友達もいて、しかももしかしてお金持ちなのか、世の中不公平だなあ、なんて思ったのも束の間。広い玄関で靴を脱がされ、早く早くと急かされるままに家に上げられた。

「ばあちゃん、ただいま〜」

廊下を抜け、リビングらしい部屋へ案内されてすぐ志乃のおばあちゃん…おばあ様と初対面を果たした。

「俺のおばあちゃん。ばあちゃん、りんだよ」

それは、普通のおばあちゃんで、でも品が良いと言うか、育ちの良さが滲み出ていて、おまけに優しそうな目をした、すごく理想的なおばあちゃんだった。

「あらあら、りんちゃんかい、遥と仲良くしてくれてるみたいで、ありがとうね」

「は、はじめまして。音羽凜太郎です、僕の方こそし…遥、くんに仲良くしてもらってて…あ、でもすみません、突然お邪魔してしまって」

「いいのよぉ、遥がお友達連れてくるなんて初めてなの。ゆっくりしていってね。お昼ごはん、すぐ用意するから待ってて」

「いえ、それは悪いです。お手伝いします」

「あらありがとう、じゃあ…」

今風の家ではない、本当に昔ながらの日本家屋。自然と落ち着く感覚だった。
そんな僕をよそに志乃のおばあちゃんは、お年寄りとは思えないほど手際よく料理をしてくれた。それを手伝う僕の横にいた志乃も、想像よりずっと手際がよくて。きっと普段からおばあちゃんのお手伝いしてるからなんだろうな、と勝手に納得した。そうだ、あのサンドイッチも、こうして完成されたのだろう。まおに作ってくれたというオムライスも。
3人でごはんを食べることには緊張したけれど、おばあちゃんはすごくいい人で、笑った顔が志乃とそっくりだった。おかげで、妙に穏やかな気持ちになっていた。

そのあと志乃の部屋へあがらせてもらい、仲良く…いつものことなのだけど…肩がぶつかるほど近くに腰を下ろした。
一階とは雰囲気の違う志乃の部屋は、フローリングの床にベットとちょっとした棚と、テレビとテーブル、壁に備え付けられたクローゼットがあるだけの、シンプルな部屋だった。

「優しそうなおばあちゃんだね」

「いつもりんのこと話してるから、会いたがってたんだ。だから、来てくれてありがとう」

「い、いや、お礼なんて─」

「りん」

「っ、うん?」

何となく目をあわせられないでいた僕に気づいたのか、志乃は強引に僕の両頬を捕まえた。緊張、していると気付いたのはその時だった。ドキドキとうるさい心臓に、そわそわと落ち着かない体。ほんの数分前まで穏やかだったのに、はじめての志乃の部屋で二人きり、という状況に一気にそんなものはどこかへいってしまったらしい。



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