「終わっ、た…」
一学期も明日で終わる、まさにその日。森嶋に頼まれていた仕事が一段落ついた。昨日今日と、志乃は休み時間ごとにそれぞれの再試や、ペナルティで教科担任のところを巡っている。だからこの二日間、生徒会室に来ていない。そのおかげなのかなんなのか、他の役員さんたちも少し和んだ様子で個々の雑務をこなしていた。
「音羽、ご苦労様。ありがとう本当に助かったよ」
「全然、役に立てたなら良かった」
僕の前に紅茶の入ったカップを置いてくれた森嶋は、そのまま向かいのソファーに腰かけて眼鏡を外した。湯気で曇ってしまったそれをシャツで拭いてから、またそれはもとの位置へ戻された。その仕草に、ああ、僕は結局眼鏡を新調していないままだ、と気づく。
最近は少し、コンタクトにも慣れてきている。けれど家にいるとき眼鏡をかけているから、やっぱりしっくりくるのはそっちだと、考えてみると改めて感じる。
「ありがとう、おかげで夏休みに持ち越さずにすんだよ」
「夏休みは、他にも仕事があるんだよね」
「そう。休み明け学園祭があるからね。それが終わったらすぐ引き継ぎだから、同時進行でそれぞれやらなきゃいけないんだ」
「また、何かあれば言って。僕にできることなら、手伝うよ」
「ありがとう。まあでも…後期は音羽も生徒会に入ってくれると、嬉しいんだけど」
「僕が、生徒会?」
「うん、音羽にあってると思う」
「ごめん、それは無理かな」
まおがいるからと、それを思うのは仕方ないにしても…でもこれは僕自身の問題で無理だ。こうして雑務をこなすだけならいいけれど、行事ごとや集会で挨拶をしなきゃならない。それは僕には出来ないし、人をまとめるのも得意じゃない。
「そっか、残念」
「でも、本当に何かあれば、また手伝うから」
「ありがとう。頼りにしてるよ」
「うん、じゃあ、僕戻るね。もう休み時間も終わるし」
出してもらった紅茶を飲んでから腰をあげれば、そのタイミングでドアがノックされた。いや、ノックと言うよりは掌を叩きつけるような音が響いた。
「りん!りん、いる?」
なんて、そんな大きな声と共に。
「お迎え、だね」
「ごめん。騒々しくて」
「はは、構わないよ」
空調管理された生徒会室、少しドアを開けただけでむわりと生暖かい空気が一気に入り込んできた。
「あ、音羽」
「、ん?」
「夏休み─」
「りん!」
「わっ、ちょ…」
まだ開けきっていなかったドアが強引に開かれ、志乃の手に捕まる。ぐわんと引き寄せられ、そのまま嬉しそうに「やったよーりん!!」と叫んだ志乃。僕はその胸に無理矢理閉じ込められて、窒息寸前だった。
「赤点、全部解消できたよ!夏休み学校来なくていいんだって!!」
「あ、ん…わ、わか…良かっ…」
「りん〜ありがとう!これで夏休み会えるね」
ぎゅうぎゅうと抱き締められて、この暑い中端から見たら余計暑苦しいんだろうと思うと、ちょっと申し訳なくなった。でも僕の力じゃ引き剥がせないし、志乃が満足するまでこうしててもいいかと、諦めた瞬間…
「志乃。音羽、苦しそうだよ」
まさか森嶋が志乃を制止するなんて思ってなかったから、本気で息が止まった。驚きと、少しの不安で。それには志乃も驚いたらしく、力の抜けた腕。その隙をつけば、簡単に胸から抜け出すことができた。
「っ、だ、大丈夫。ありがとう、森嶋。それより、何か言いかけてなかった…」
「うん、それはまた今度でいいよ。昼休み、もう終わるから戻って」
「あ…そう、だね。志乃、い─」
胸から逃れたものの、手はしっかりと繋がれている。その所為で、歩き出そうとしても、志乃が動いてくれないから進むことが出来なかった。
「志乃?」
「副会長、」
「なんだい」
「……あんまり、ちょっかいかけないでね」
「…ははっ、ごめん、そんなつもりはないよ」
緩い表情を浮かべているはずなのに、目は全く笑っていない。森嶋も、同じ。
「…りん、行こっか」
「へ?あ、うん」
「またね、音羽」
「ん、また」
僕は志乃に手をひかれて歩き出していた。一応立ち去り際森嶋に手を振ったけれど、振り返してくれるのを確認する前に足は進んでいて。
「志乃、」
「……」
「は、…はるか?どうしたの、突然」
「ごめん、何でもない…」
するり、志乃の手が離れて距離ができた。
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