次の瞬間、僕の視線から逃げるように志乃の手が背中へ隠された。一瞬見えたその手の甲には、赤いものが滲んでいるように見えて…思わずそれを捕まえようと僕は手を伸ばしていた。

「え…志乃…どうしたの、それ…」

「な、なんでもないから」

「でも…」

隠すってことはやっぱり…

「出して、絆創膏、貼るから」

必死に後ろ手を組む志乃は、情けなく俯いて、小さな声で「喧嘩はしてないよ」と呟いた。それからおずおずと差し出された手には、やっぱり血が滲んでいた。喧嘩じゃないと言っても、これは誰かをグーパンチした証拠じゃないだろうか。もしかしたら絡まれたのかもしれない…
とりあえず何処かに血をつけてしまわないように絆創膏を貼る。いつも持ち歩いているそれも、志乃に使うのはこれでもう何度目か。それだけなのに、なんだか少し嬉しかった。怪我をしなきゃ使わないのだから、使わないに越したことはない。それでも、だ。

「はい、いいよ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

こういう顔をしていると、本当に子供みたいで可愛い。
さっきの気まずさが消えたわけではなかったけれど、まおを迎えに行って三人になればいつも通りだった。子供の力だ。でも、その怪我の理由は聞けなかった。志乃があんまりにも落ち込んでいるように見えて、なんだか可哀想になってしまって。

家についてからは志乃の勉強を見る、夕飯前に帰っていくまでの短い時間だけど。最近は集中力も少しだけついて、効率よく出来るようになっていた。この調子だったら、夏休み前に赤点解消も問題なく出来そうだ。

「はるちゃーん、もう帰るー?」

「あ、もうそんな時間…うん、そろそろ帰るよ」

「お見送りするー!」

「まお、本片付けてからね」

「はーい」

ぷくっと頬を膨らませながらも素直に返事をしたまおは、素早く本を片し始めた。

「りん」

「ん?」

「……再試、終わったらさ…言いたいことが、あるんだ」

「言いたいこと…?」

「うん」

紛れていたはずの熱が、また沸々と籠る感覚。
何を言われるのだろうか、不安と一緒に生まれる知らない感情に胸がざわつく。

「再試、頑張るからね」

「……うん、僕にできることなら、なんでも言って」

「ありがとう」

へらりと笑った志乃。それと同時にまおが僕らを追って玄関まで走ってきた。ペタペタと靴下を履いていない足の裏が廊下を歩く音が響いていた。それが夏っぽくて、もう夏がくるんだと、急に実感した。

「はるちゃんまた明日ねー!」

「ん、また明日ね。りんも、また明日」

「気を付けてね」

「うん、おやすみ」

「ばいば〜い」

ふわりと微笑んだだけで、志乃は背を向けて出ていった。

「りんちゃん、お腹すいた〜」

「あ、うん、ご飯の用意しようか」

「するー!何作るのー?」

その日から、志乃は僕にキスするのをやめた。
頬へのそれはただの挨拶だと、決めつけたのは僕なのに。なくなった途端に寂しく感じてしまうなんて…嫌なやつだ。

「鮭があるから、塩焼きかムニエルか…」

「まおお塩がいーい」

初めてだった。

「じゃあ塩焼きにしよっか」

家族以外に、こんなにも触れたいと思ったのは。

─ to be continue ..



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