「音羽」

「っ森嶋!どうしたの」

副会長の、森嶋だ。
ここのところ生徒会は忙しそうで最近はあまり顔をあわせることもなかった。その森嶋が、わざわざ僕の教室に、しかも席までやって来た。学校一の問題児と言われている志乃と、同じくあまり素行のよろしくない樹くんも一緒にいるというのに、怖がった風もなく。
僕は立ち上がって森嶋に視線をあわせた。

「今、少しいい?」

「うん、大丈夫だけど」

「良かった。じゃあ…」

「…あ、出る?」

志乃の視線に居づらそうな顔をした森嶋に問えば、「そうしよう」とすぐさま手を掴まれ連れ出されてしまった。怖がっていないように見えて、本当のところはそうでもなかったのだろうか。前に志乃の髪のことを頼まれたし、目の前にするのは少し勇気がいるのかもしれない。

「ごめん、突然」

「ううん、大丈夫」

「それで、話なんだけどね」

「うん」

眼鏡を押し上げて、森嶋はいつもの調子で口を開いた。

「今、生徒会バタバタしてて…音羽に、手伝ってもらいたいんだ」

「手伝い?構わないけど、帰りが遅くなるのは、困るかも」

「分かってる。だから、昼休みに、少し手伝いに来てくれないかな。夏休み前までに集計するものがたくさんあって、それを」

昼休みなら問題はない。前されたお願いは叶えることができないままでいるし、これくらいのお手伝いはしたい。大事な友人、だし。

「なんとか、夏休み前には終わるはずだから、それまで」

「うん、いいよ」

「良かった、ありがとう」

「僕にできることがあるなら、頑張って手伝う」

「ありがとう。本当に助かるよ。それで、さっそくで悪いんだけど明日お昼食べたら生徒会室に来てくれる?」

「ん、分かった」

それじゃあまた明日、そう言い残して遠ざかっていく森嶋の背中を見送ってから教室に戻ルト、待てを言われたまま待ちぼうけを食らったわんこのような顔をした志乃に飛び付かれた。そんな彼に事情を説明すると「えー、やだー」と一瞬で表情が変わってしまった。

「え、ごめん、でもお昼休みだけだよ」

「でも嫌なものは嫌なのー」

「…えー、っと…」

むすっ、の最上級の顔だ。不機嫌というよりはただ拗ねたような。そこまで嫌がることではない気がする…というか志乃にはほぼ関係のないことではないか。何がそんなに嫌なのかと尋ねても返事はなく、代わりに一樹くんのため息が落ちてきた。

「音羽、マジでわかんねえの」

「え?」

「鈍感もここまで来ると病気だな」

「?」

「あー、もういい。遥、大人しく“待て”してろ」

唇を尖らせた志乃は、樹くんの言葉を無視してそのまま僕を抱き締めた。もう慣れた光景だろうと、特に抵抗もしないでいたら樹くんは困ったように、けれどあきれたように僕らから目を逸らした。


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