志乃と、キスをしてしまった。
恋人でもないのに…
なんて、煩悩に苛まれる僕の横で。
「りん、夏休み海行こうね」
悩みの種はびっくりするほどご機嫌なわけで。
「その前に再試と課題」
「分かってるって〜」
あれ、僕たちってキスしたよね?と、口から出そうになるほど志乃は今僕の隣でヘラヘラしている。それともあれは志乃のなかで中で無かったことにされたのだろうか…もしくはやっぱりただの挨拶…いや、でもあのあと心なしかよそよそしかったじゃないか。まおに「りんちゃんもはるちゃんもへーん!」と指摘されるほど。でも今、意識しているのは僕だけ…
「あ、じいちゃんちかき氷作るやつあるから、まおちゃんと遊びにおいで!」
話を聞いて知ったことはたくさんあったけど。志乃が夕食前に帰っていくという疑問も同時に解消された。夕食はおじいちゃんとおばあちゃんと三人で食べるのが暗黙の了解らしい。だからよほどのことがない限り志乃は夕方帰宅することにしているのだという。でも祖父母と暮らしている理由をつっこまれたら嫌だから、とそれは隠していたらしい。それが、もう隠す必要がないとなるとこのテンションだ。
テストが終わり、梅雨が明けて…おかげで偏頭痛も治まり…、学校は完全に夏休みモード。それは僕も同じだけど、正直「夏休み楽しみ!」とはあまり思わない。友達がいないのが原因だとわかってはいるけれど、それにしてもバイトもさせてもらえない僕としては長期休暇は暇をもて余すしかないのだ。まおもお盆の一週間以外は保育園があるし…
「あとあと、スイカ割りでしょ〜、流しそうめんに…」
だから、今年の夏休み一緒に過ごしてくれようとしている人がいるというのはなんだか気恥ずかしく、そして嬉しい。浮き足だっている気もする。そんなまんざらでもない僕は、なんとかキスのことを忘れようと努力することにした。
「お前浮かれすぎ」
「だって夏休みだよー。樹はどっか行かないのー?」
「俺は忙しいんだ。いろいろと」
「…ごめん、俺だけ楽しむ予定で」
「なんかそれむかつくな」
「でも俺だって去年まで全然楽しめなかったし。今年くらいいいじゃん」
「分かってるって。思う存分楽しめって。音羽、こいつのこと頼むぞ」
「え?あ、うん」
「オラ、遥はさっさと再試の勉強しろ」
「言われなくても分かってる」
僕と過ごす事を楽しみだと言ってもらえるのは、素直に嬉しい。
照れ臭さを隠すように一樹くんに返事をし、再試のプリントに視線を落とした志乃を見つめる。
「再試って言っても、全く同じテストだろ?答案もらってんだから丸暗記するだけだろ。それでまた再再試とか、俺笑いこらえる自信ねえからな。ほら、去年なんて何回“再”がついたことか」
ケラケラと笑う樹くんの脇腹に、志乃は思い切り指を突き刺した。
「う、おっ!!ば…」
びたん、と見事床にしりもちをついた樹くん。それがおかしくて、思わず笑ってしまった。
「てめ、こら音羽!笑ってねえでこの馬鹿犬ちゃんとしつけろ」
「あー!りんに触んないでよー」
「触ってねぇだろ」
「じゃあそれ以上近づくの禁止」
「はあ?」
そんな、賑やかな昼休み。僕らの会話を中断させたのは、聞き慣れた声だった。
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