「母さんのお葬式は、身内だけで…すぐに父さんは引っ越す手続きをした。俺を置いて」

「は…?」

「俺、そのときまだ父さんに見捨てられたって気づいてなくて…とりあえずじいちゃんちに預けられて…落ち着くまで学校も休んだ。頭を冷やして、冷静に物事を考えられるようになってやっと、“見捨てられた”ことに気付いた。仕方ないって思いながらも、でも話がしたくて、父さんに会いに行った」

空になったマグカップをテーブルに置き、志乃は視線を少しさ迷わせてから、僕を見た。

「新しい家、知らなかったから会社に行ったの。そしたらね、“何しに来たんだ、この恥さらし”って、ビンタされちゃって。金は振り込むからもう顔を見せるなって…でも、俺が変われば父さんはまた俺を見てくれるのかなって…馬鹿馬鹿しいけど本気でそう思って、せめて高校は出ようって決めた」

それが中三の夏、ちょうど高校見学や説明会が開かれる季節で、志乃はギリギリの申し込みでいくつかの高校へ足を運んだと続けた。

「でもさ、顔も手も傷だらけで…それは隠せなかったけど、さすがに金髪はダメだって思って、スプレーでがちがちに黒くして、学校を見に行った。そのうちの一つが今の学校で…ここしかないって、決めたの」

「……その理由は、聞いてもいいの?」

樹くんから志乃の頭の悪さを教えられたときにも浮かんだ疑問だ。この学区内なら、偏差値の範囲を下げれることも…それでは意味がなかったのかもしれない。あまりよく見られていない高校にわざわざ進学することの方がむしろ、その状況の彼にはよくないことにも思た。

「…まだ、内緒」

「そ、っか…ごめん、続けて」

「そこからは樹の言ってた通り。半年間猛勉強して、なんとか受験に間に合せて…その間、俺最低なことしてた。自分は手をくださないで、幹部とか、いろいろあるんだけど、そういう人に全部任せて。せめて受験終わるまでは、見えるところに怪我したくなくて。でも、そんなせこいことしたから…バチが当たったんだね。受験日の前日、囲まれちゃって…逃げ切れそうに無かったから、顔殴られる前に…って…」

そうまでして、志乃が今の高校に受かりたかった理由…考えてもわからないそれを遮るように、志乃は小さく笑った。

「だから、受験日もちょっと投げやりになってて…校門の前で、立ち止まっちゃったんだ。みんなどんどん中に入って行くのに、俺だけ入れなくて…せっかく髪も真っ黒にしたのに、どうしてもあと一歩が踏み出せなくて…声、掛けてくれた子が居てね、ちょっと強引に中へ引き込まれた」

それが嬉しかったのだろう。志乃は切なげな中に、少しの輝きを宿した。

「で、めでたく合格して…その時は父さんから“卒業しなければ意味はない”って…でも、連絡が来ただけでも嬉しくて、頑張ろうって」

去年の志乃…僕だってその存在は知っていた。喧嘩が強いとか、チームの頭とか、怖い噂もたくさん耳にした。どこかで見かければ、思わず隠れてしまうくらいには怖かった。

「まあ…結局、中学の頃と同じような生活しか、送れなかったんだけど。俺が抜けようとする度、酷い喧嘩が始まって…俺の周りの誰かを人質にとられたり、馬鹿みたいに同じこと繰り返してた。卒業はしたかったから、学年末は本気で頑張ったけどね」

なのに、僕に話しかけてきた志乃は、噂とは別人で。手なんて出さないで、へらりと笑いかけてきた。“よろしくね”なんて、平凡で地味な僕に、近寄ってきてくれた。

「あとはりんの知ってる通り。二年生になって、ちょっと落ち着いてたのに…ほら、りん、拉致られた時、あの時はごめん。もう二度とあんなことがないように、ちゃんとけりつけたから」

“けり”それは偶然アマさんに遭遇したときに聞いた話、そのままだった。統一して、後の人をちゃんと決めて、いろいろ大変だったんだよと、自嘲的に小さく笑いをこぼした志乃。


prev next
[ 59/306 ]

bkm


 haco

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -