「はるか」
雨じゃない、涙で濡れた頬。そこに触れたいのに、傘が邪魔をして、触れられない。
「大丈夫だよ、遥」
「…なん、で……俺、殺してるんだよ、家族…」
「その理由を聞かずに、“嫌い”なんて言わないよ」
ぼろぼろと目から落ちていく涙。良い男は泣いても良い男なんだ、なんて…少しだけ冷静に考えた自分に笑えた。
「理由…」
「今言いたくないなら、いつだっていい。それを聞かない限り、僕は君を嫌いになったりしない」
「…りん、俺だってね、隠し事なんてしたくないんだ。知ってほしい、でも、それより嫌われたくない」
自然と人の集まってくる志乃が、本当はこんなにも臆病だって、知ってる人はいるんだろうか。嫌われることを恐れているなんて、誰が考えるんだろう。
「俺、俺は…」
「大丈夫、大丈夫だから」
僕は傘から手を離して、そっと志乃を抱き締めた。抱き締める、なんて大層なことはできていないけど…僕がただ抱きついているだけのような…そんな図だけど、志乃はガタガタと震える体で抱き締め返してくれた。雨の中男二人で何をしているんだと、「うち、来る?」と自分で言い出すまで気づかなかった。
志乃は返事を躊躇ったけれど、今日早く帰る理由もなくなったから、と大人しくついてきた。再びたどり着いた音羽家、幸いにもまおはまだソファーで寝ていて。僕と志乃は床に足跡をつけながら、雪崩れ込むように脱衣所に入った。
「とりあえずシャワー…服、用意しておくから、浴びてきて」
「りんは?俺、あとで良いよ?」
「僕は良いから。志乃の方が濡れてるし、僕は着替えるだけで充分だよ」
「でも」
「ほら、早く」
「……」
半ば強制的に服を脱がせお風呂に押し込み、二人分の服も洗濯機に押し込んだ。それから僕も服を着て、廊下を拭いて…すべてが終わって暖かいココアでも入れてあげようというタイミングでシャワーを浴びた…お湯をためてあげられればよかったけれど…志乃がお風呂から上がった。
「ココア、飲める?」
「ん、」
「はい、どうぞ」
「ありがと…」
リビングのソファーにはまおが寝ているからと、僕は志乃を自室へ誘った。まだ話の続きをするかは分からないけれど、なんとなく、話しやすい雰囲気にしてあげたかった。
「おいしい」
まだ僅かに湿った髪を強引に後ろへ流し、口元を緩めた志乃はいつも通りの志乃だった。まだ少し、違和感はあるけれど、それでもさっきよりずっと落ち着いてはいる。
「良かった」
「……ん」
しばらくの沈黙、ココアの匂いが充満した部屋で、僕らは黙ってそれを啜った。そんな中先に口を開いたのは志乃の方で。
「話の続き、してもい?」
「…してくれるの?」
「ん、」
カップの中に視線を落としたまま、志乃はぽつりぽつりと、話の続きを始めた。
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