「あー…どうしよう、困った」

「え、」

「りんが可愛すぎて…」

「かっ、僕男だよ」

「ううん、そんなの関係ない。りんは可愛いよ、可愛くて、優しくて…強い」

何を、言っているんだろう。僕は可愛くもなければ、たいして優しくもないし、ましてや強くもない。むしろ弱いし、そんなにも愛しそうに見つめられたらやっぱり変な勘違いをしてしまいそうになる。

「ごめん、服…」

「あ、うん…」

「着たら、ちゃんと布団入ってね。俺薬持ってくるから。いつもの救急箱の中に、入ってる?」

「…うん」

「分かった、持ってくるね」

頭を撫でてから離れていった志乃の手。
それに寂しさを感じるくらいには、弱っているらしい。僕は一人残された自室のベッドで、なんとも言えない“もどかしさ”を漠然と感じていた。
とりあえず服を着て、大人しく布団に入って。いいタイミングで戻ってきた志乃から薬と水を受け取った。救急箱のある場所を知っていたのもそうだけど…日常の一部になってしまうくらい…思っているよりずっと長い時間僕は志乃と過ごしているんだと思った。

「はい、じゃあ寝て」

今日はいつもと逆の立場みたいだ。志乃に寝かしつけられるなんて、と思いながらもすぐに睡魔に襲われた僕はそのまま意識を手放した。ただの偏頭痛からくるものなのか風邪なのか分からなかったけれど、辛さを感じることもなく眠りにつけていた。

「おやすみ、りん」

額に感じた柔らかい感覚。前にも同じようなことがあった気がする。でもそれを思い出すのも、目を開けて確認するのも、今は億劫で。まあいいやと、落ちることにした。

目を覚ましたのは夜の20時を回った頃だった。
僕は慌ててベッドからおり、チカチカと光る携帯を開いた。新着メール1件、それは志乃からで「まおちゃん迎えに行って、ご飯も食べさせたよ!りんの分はお粥を作ったから、食べられそうなら食べてね。キッチン勝手に使ってごめんね。明日また様子見に行くね!」と、最後にハートの絵文字がついていた。
いや、そのさらに下に「ゆっくり休んでね、大好き」と、またハートマーク。

思わずこぼれた笑いに、全身が軽くなっていると気づいた。随分良くなったのかもしれない。それから、メールの受信時間が17時半だと気づき、それまでうちにいてまおのことを見てくれていたのかと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。志乃はいつも18時くらいには帰っていくから…

「……」

メールの返信と、明日言うお礼はあとで考えるとして…とりあえず部屋を出て階段を降りることにして。そのままリビングへ入れば、大人しくテレビを見ているまおがいた。

「まお」

「っ!りんちゃん!!」

「ごめんね、大丈夫だった?」

僕に気づくなり駆け寄ってきて腰に抱きついてきた妹を抱き上げ、ソファーへ腰を下ろした。

「はるちゃんがね、いてくれたから大丈夫だったよ!りんちゃんは?もう元気ー?」

「うん、元気だよ、ありがとう」

寂しかったのか、まおは僕の膝の上に座ったまま首に腕をまわして、ぎゅっと抱きついたまま。まだまだ保育園児…志乃がいてくれなければ、今回まおはどうなっていたんだろうと、頭をよぎった。やっぱり、志乃にはしっかりお礼を言わなきゃ。こういうとき、助けてくれる人がいるって、すごくすごくありがたいことなんだって、ひしひしと感じた。

「志乃、なに作ってくれたの?夜ご飯」

「オムライス!」

「オムライス?良かったね」

「うん!ぐちゃぐちゃだったけど、美味しかったよ!」

ぐちゃぐちゃ、か。
でもあの志乃が料理をすること自体…いや、そう言えば前に一度、サンドイッチをごちそうになった。見た目が悪いとは思わなかったし味も美味しかったから、きっと料理はできるんだろう。

「全部食べた?」

「食べたよー。ケチャップで“まお”って書いてくれたんだよ!」

「そっか、良かったねぇ」

「うん!」

へへ、と笑ったまおがあまりにも可愛くて、今度は僕からぎゅーっと抱き締めた。

「明日、もう一回ちゃんとお礼言おうね」

「うん!」

今までなんとかやってこれたはずなのに、それは僕の勘違いだったのだろうか。僕の目の行き届いていないところで、まおは寂しがっていたり、怖がっていたりしたのだろうか…母さんが家にいない時間が長い分、僕は気を張っていたんだろうか。だから、志乃の優しさが身に染みたのだろうか。
彼がつくってくれたお粥は、味がほとんどしなかったけれど気持ちとか気遣いが伝わってきて、美味しくて優しくて涙が出そうだった。


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