ふわり、意識を取り戻したのは保健室のベッドだった。
“保健室”と、気づくのには時間がかかったけれど。ボーッとする頭で記憶を辿り自分が倒れてしまったことを思い出す。そうだ、志乃と話していて、その途中で…
「りん!?りん、りん?」
「……し、の…」
「あ、よか…良かった……せ、先生!りんが目覚ましたよ!!」
今にも泣き出しそうな顔で叫んだ志乃。その声が大きすぎて頭がガンガンした。でも、志乃が見えて安心している自分もいる。先生が僕の顔を覗き込んでからも、志乃は震える声で何度も何度も「りん」と呼んでいて、それはなんだか僕が悪いことをしているんじゃないかと錯覚するほどだった。
「音羽くん、熱があるから今日はもう帰りなさい。荷物はここに持ってきてもらったんだけど、お家の方と連絡がとれなくて…どこに電話したら良いかしら?」
「……お家の、方…」
「まあ音羽くんが仮病使って早退しよう、なんて考えてないことはよくわかってるから、迎えがなくても構わないんだけど…今のあなたを一人で帰すのはさすがに心配だし」
まだ覚醒しきっていない頭では、先生の声が全然頭に入ってこない。僕はぼんやりと天井を見つめたまま適当に相づちを打った。
「音羽くん?」
「先生、俺がりん送ってく」
「ダメよ。あなたは授業に戻りなさい。目が覚めるまでって約束したでしょう。まだ6限の途中よ、行ってきなさい」
「無理。りんが心配で勉強なんて出来ない。俺自分の荷物も持ってきたし」
「それは理由にならないからね」
「じゃあいい。俺が勝手にりん連れて帰る」
「あ、こら、志乃くん!」
「サボりでもいいから、それよりりんが大事だから」
「…はぁ、せっかくテストの点数が上がっても、内申点が悪かったら意味ないのよ」
「分かってるけど…」
「……もう、わかった。今日のところはうまく言っておいてあげるから、音羽くんのことお願いしても良い?」
「!任せて」
相変わらずの志乃にツッコミを入れる元気はなくて、抱き起こされるままに上半身を起こした。
「りん、歩ける?」
「……」
「おんぶする?」
「…歩けるよ」
志乃に支えてもらいながらベッドからおりれば、やっぱりまだ視界はぐらついて。おんぶしてもらいたい気持ちもあったけど…誰にも見られないならぜひともしてほしいくらい…まだそれを拒む羞恥心は残っていた。
「じゃあ先生、りんのこと送るから」
「気を付けるのよ。くれぐれも、音羽くんに無理はさせないように」
「分かってるよー」
志乃が二人分の鞄を持って、反対の手は僕の肩を支えてくれている。なんとか自分の足で歩こうとするほど何かに掴まりたくなって、志乃の腰に手を置いた。そのままシャツを掴み、頭を志乃の肩に預けて足を進めた。
挨拶もそこそこに先生に背を向け保健室を出れば、まだ授業中の校内はいつもよりずっと静かだった。そんな中ゆっくり進む僕らの足音だけが響く。悪いことをしている気分なのに志乃の体温がなんだか心地良くて、まぶたが重くなる。
「りん、家まで歩ける?」
「ん、大丈夫…」
「辛くなったら言ってね、休憩するから」
「ありがとう…」
頭が痛いのと、その所為で視界が揺れる以外は特に異常はないんだけど。どんよりと、今にも雨の降りだしそうなこの天気はやっぱり、それを悪化させている気がする。
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