「じめじめ〜」
「ね、じめじめ〜」
「ちょっと、そこどいて。洗濯干すから」
「りんちゃん、ここリビングだよ?」
「うん、ごめんね、今乾燥機の調子悪いから、部屋干しするしかないんだ」
リビングの床の上でごろごろと転がる妹を踏まないように避けるが、隣に寝転ぶ巨体に爪先を引っかけ転びそうになった。
「わ、りん、ごめんね」
「危ないから、寝るならソファーにしなよ」
「もう寝ない」
今の今まで保育園児と一緒になってごろごろと転がっていた志乃は、その途端俊敏に起き上がった。志乃が怪我を負ってから一ヶ月と少し、もうピンピンしている志乃は、ほぼ音羽家に住み着いている状態だった。
朝迎えに来て、帰りもここへ帰ってきて。休日も朝から夕方まで居る。ただ、夕食前には帰っていくから不思議なもので。そして僕は志乃のことをまだ何も、知らないまま。
「りん、手伝う」
「え、いいよ、まおの相手してあげて」
「んーん、手伝う」
「はるちゃん手伝うなら、まおも手伝う!」
それが余計に仕事を増やすリスクがあるから、志乃に相手をしてと言ったのに。まあ、こういう興味は小さい子に大事なことだし、構わないんだけれど。
ただ、梅雨入りして雨続きの最近は、少し頭が痛くなりがちで。頭痛もち、というのは少なからず天気に体調を左右されるから。こういうじめじめした日は特に落ち着いていたいと思うのだ。
「…じゃあ、これにタオルかけてくれる?」
「ん!」
ただ、此処までやる気満々なのを断るのもな…僕の都合でまおをどうこうしたくないし。
「りんちゃん、こう?」
「うん、そう。まおのハンカチは、洗濯バサミで…」
「んー…はい!」
「はい、上手。これもやってくれる?」
「やる!」
よしよしと小さな頭を撫でてやって、ふと志乃に視線を戻せばばちりと目があって。「まおちゃんいいお嫁さんになるね」なんて、へらりと微笑まれた。
お嫁さん?まおが?そっか、そりゃあいずれはなるだろうけど…
「いやいや、まおはまだお嫁になんて出さないよ」
「お嫁さん?まお、りんちゃんのお嫁さんだよ!」
「……まお、ほんとにいい子。そうだね、まおはりんちゃんのお嫁さんになるんだもんね」
「ね〜」
今度は何度も何度もその頭を撫で、撫でまわし、「頭ぐわぐわ〜」と言われたところで撫でまわすのを諦めた。なんて良い妹なんだろう、ああもう感無量。なんて、一人でニヤニヤしてたら突然志乃の手に掴まって。
「だ、だめだめだめ!だめ!俺がりんのお嫁さんになる」
「え、いや…志乃それはちょっと─」
可愛くないんだけど…と続く言葉を遮るように、ぎゅううっと抱きしめられてしまった。
「じゃありんが俺のお嫁さんね」
「いや、それもどうかと…」
「いやー!りんちゃんはまおのだもん〜」
「え、ちょ、」
志乃の胸元に顔面を押し付ける状態で抱きしめられ、腰にはまおの腕。これは仕事が増えるより疲れるかもしれないなと思いながら、二人が満足するまでもみくちゃにされた。
志乃のその態度の意味を、僕はまだ理解できていなかったんだけど、とりあえず手のかかる兄弟が一人増えたような、そんな感覚だった。もう一つ変わったことと言えば、志乃からやたらメールがくること。手当をした日に書置きしたものに書いたアドレスを登録してくれたらしく、僕の携帯にも志乃のメモリが追加されずにた。ただ、普段メールのやり取りなんてしない僕には慣れない行為だった。
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