「こういうことしたい好きってこと、少しは覚えてて」

「こういうって…」

「もう二度と怖い目になんて遭わせないし、何があっても必ず守る。約束するから、ずっとりんのこと、好きでいてもい?」

待って、まだ全然分からない。そこからおかしいんだ。志乃が僕を好きになる理由が、きっかけが、原因が、どこにもないのに。

「どうして…」

「…りんが、覚えてなくてもいいんだ。ただ俺が、勝手に救われたと思ってるだけでも」

「え…?」

もう一度、志乃の腕に抱き締められて顔が見えなくなった。

「待って、それどういう意味?」

「……秘密」

「秘密って…」

「りんが思い出したら、教えてあげる」

僕は志乃に何をしたんだろう。でも、志乃と喋ったのは同じクラスになってからだし、その時にはもう志乃はこんな感じだったし…つまりそれより前に、なにかあったんだ。でも全然思い当たる節はなくて…志乃みたいに目立つ人と何かあったなら忘れるはずないのに。
いや、そもそも僕にしてみたら、誰かと関わったのなら忘れられないはずなんだ。その数が少なすぎて、忘れる方が難しいんだから。
だから僕の頭のなかにはちゃんと、残ってるはず。

「りん、もっかいキスしていい?」

「…ずっと思ってたんだけど」

「なに?」

「志乃って外国の血入ってる?」

「え、入ってない。と、思うけど…」

腕の力を緩めて、きょとんと僕を見つめたその目に、もう涙は見当たらなかった。でもその質問は僕のなかで結構大きな疑問で。

「そっか…」

「どうして?」

「いや…志乃、挨拶みたいに頬にしたりするから、それが普通なら外国人ぽいなって。友達同士でもしてるのかなって」

「しないよ、りんにしかしてない」

それはそれでどうなんだろう…

「そっか…いや、僕そういうのに慣れてないって言うか、家族以外としたことないからよくわかんなくて。友達も、少ないし」

「え、じゃあ…」

ふに、っと志乃の指に唇を柔らかく潰され、今度は僕がきょとん、としていたと思う。でも、次の瞬間に志乃の顔が近づいてきて、その目がじっと僕の唇を見つめていることに気づいて。思わずその顔ごと掌で押し返してしまった。

「…りん、ひどい……」

「あ、ごめん。つい…」

口を尖らせてすねる様子はやっぱり子供みたいで、あやすように広い背中を撫でた。

「僕、もう少ししたらまおを迎えに行くんだけど、志乃はどうする?寝てる?」

「…ん、寝させてもらおうかな」

「分かった」

「でも、行くまでこうしてて」

志乃はそう言いながらまた肩口に顔を埋めてきた。
仕方がないから背中を撫で、たまにとんとんと軽く叩いてやれば。すぐに小さく寝息が聞こえてきた。無理な体勢なのによく寝れるなあ、と口元が緩んでしまった僕は、志乃の言葉をもっとちゃんと考えるべきだったのに。




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