「そういえば明日はるちゃん来る?」

「来ないよ。お店手伝うんだって」

「冬休みもお手伝いするんだ」

「どうなんだろう、明日は行くって言ってたけど…なんで?」

「明日はまおもいないしままお仕事だしなって」

「ああ、全然平気だよ」

いくつだと思ってるのと笑いながら、そういえば一つしたいことがあるんだと付け加える。

「バイト、探そうかなって」

「バイト?」

「うん、進学も決まったし、二月から学校も休みになるし…短大も通えるところだから、短期のバイトじゃなくて、どこかないかなって」

急ぎではないけれど、出来れば学年末のテストが終わったら。もちろん、土日だけでもいいというならそれより前から始めたい。一番は家にお金を入れたいからだけど、卒業旅行にどこか行きたいという気持ちもあるし、テストが終われば宿題のない長い休みがある。それを有意義に使わないと勿体ないとも思うから。母さんは微妙な返事をするだろうなと、なんとなくわかっていた。けれど、そんな予想に反して「いいんじゃないかな」と微笑んだ。如何わしいお店や、深夜の危ないバイトはやめてねと釘を刺されたものの、それ以外は何も言われなかった。

「じゃあ明日はりんちゃんゆっくり寝ててね」

「二人が起きる頃には起きるよ」

「たまには寝過ごしても良いのに」

「それが意外と出来ないんだよね」

昼まで寝てみたいと思うけれど、二度寝したってそこまで寝れないと続けると母さんは「まだ若いのに〜」とまた笑った。こうやって、笑える母さんが戻ってきたのはいつだったのかな。
ぼんやりと、父さんが病室のベッドで冷たくなった日の事を考え、すぐにやめた。

「じゃあ、そろそろ寝ようかな」

「はーい、おやすみ」

「おやすみ」

あの時の母さんを思うと胸が苦しくなる。
だから考えたくない、と言うととても浅はかに見えるかもしれない。時間が癒してくれるという励ましを否定したい訳じゃないけれど、実際時間は癒してはくれないのだ。考える時間が少し減って、泣くことが少し減って、それを“元気”になったと言うならもちろん肯定したい。だけどそうじゃないから。笑えるようになった母さんも、だからと言って忘れた訳じゃない。今でも思い出して泣いているかもしれない。
幸せなクリスマスを前にそんなことを考える余裕がある自分に驚いた。寝付きは悪かったものの、目覚めはよく、いつもよりほんの少し遅く部屋を出た。既に母さんは仕事に出るところで、まおがそれを見送る場面に出くわした僕は、そのほんの少しの寝過ごしに罪悪感を抱いた。

「おはようりんちゃん、いってきます」

「おはよう、ごめん寝すぎた」

「あはは、全然。まおがたくさんお手伝いしてくれたから、褒めてあげて」

「うん、いってらっしゃい」

「いってらっしゃーい」

もう着替えを済ませたまおは、僕をキッチンに促して朝ごはんを並べてくれた。まおを送っていく十時まで時間はまだ少しあるものの、ご飯を食べて洗濯をして、少し掃除をしたらすぐに時間になってしまった。いつもより動き出す時間が少し遅いだけで、時間に余裕がなくなってしまうような、なんとなく損をした気分になる。迎えの時間を確認してから家とは反対方向へ歩き、前に遥と映画を見に行ったショッピングモールへ向かった。クリスマス前とあってか、異様な賑わいのそこ。僕は遥へのクリスマスプレゼントを購入した。何が良いだろうかと、なかなか眠れなかった昨日の夜考えて、目星は付けていた。それでも悩みながら選んだプレゼントは自分にとっても特別なものに思えた。おかげでお昼には家に帰ることができ、けれど一人のお昼に悩まされることになってしまった。

「……」

このまま食べなくてもいい。でもお腹はすいている。適当に済ませればいいかと、朝の残りのご飯をお茶漬けにして喉に流し込むことにしたどうしても一人で何か作って食べるという気にはなれなくて、ああ、こういうことかと改めて思った。自分一人の為に料理したり洗濯したりというのを億劫に感じる僕には、まおが必要だったのだ。母さんはきっと僕に家の事をたくさん手伝わせてまおの面倒も頼みっきりで申し訳ないと思っているだろう。実際、まおがいなければ家事のほとんどを進んでやろうとは思わなかったかもしれないし、一日一日をこんなに大切だとも思わなかったかもしれない。そんな自分にならなくて済んだのはまおがいてくれたおかげで、むしろまおがいてくれて助かったのは僕の方なのだ。
そこのところを、母さんは分かってない気がする。うん、分かってない。味気ない素うどんをすすりながら、まおがいればもっと具を入れたり、もう一品作ったりしたなと考えてしまう辺り、やっぱりまおがいないとダメなのは僕の方だなと改めて思ったのだ。食べ終えるのとほとんど同時に携帯が鳴り、遥かだろうかと思いながら開くとそこには予想外に谷口くんの名前が表示されていた。

「もしもし」

「あ、音羽?」

「うん、どうしたの?」

「今平気?ちょっと聞きたいことあって」

「うん、大丈夫」

「あのさ、25日うちの母さんがローストビーフ焼くって言うから持っていこうと思うんだけど、音羽食える?」

「え?あ、うん、食べれるよ」

「まおちゃんも?」

「あー、まおはどうだろう。食べたことあるって言っても一口とかだし…」

「俺ローストビーフと食べると腹痛くなるからさ、まおちゃたちもそうなら悪いかなって思って一応確認」

たぶん大丈夫だ。けれど、それこそ普段食べないものだから自分も怪しい。そう思いながらもせっかく谷口くんのお母さんが作ってくれるなら、と告げると高坂くんは大好物らしいから余ったら持って帰らせるよと笑っくれた。

「ありがとう。楽しみにしてるね」

「言っとく。音羽今何してんの?」

「んーお昼ご飯食べたところ。今からバイト探ししようかなって思ってる」

「バイトすんの?」

「すぐじゃないけど、近いうちに始めようかなって」

「俺も今日面接行くよ」

「えっ、そうなんだ」

「うん、家から専門通うし、学校の近くで探してみたら結構募集してるところあってさ。とりあえず居酒屋電話してみたら面接来てって」

「居酒屋…谷口くんぽい」

「どんなんだよ」

「あはは」

谷口くんは前にもバイトをしていたし…あまり続かないと言っていたけれど…そういうことに積極的だから羨ましい。居酒屋、と聞いて自分にも出来るだろうかと考えてみたものの、あまり想像できなくて、片手で数えるくらいしか行ったこともないからどんな感じなのかもよく分からない。

「チェーン店だよ。あ、俺決まったらおいでよ」

「いいの?」

「もちろん。まあ決まっても年明けからだろうけど…慣れた頃に来て」

「うん、行きたい」

他にも色々見てるし、ちゃんと決めたらまた教えるよと約束をして電話を切る。まおの迎えの時間までまた少しバイト探しをして過ごした。
穏やかに過ごした僕とは対照的に、クリスマス会を終えて出てきたまおはとてもご機嫌でその日は夜までクリスマスソングを口ずさんでいた。


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