部屋に入るとすぐ抱き締められ、肩越しに買い物袋が見えてそういえば買い物に行くと言っていたなと思い出す。何処に言ったのかとか、何が欲しかったのかとか、そういう話は記憶にないけれど、もしかしたらうとうとする僕にそれでも遥は昨日話してくれてたのかもしれない。そう思うと聞こうとは思えず、代わりにその背中に腕を回して抱き締め返した。

「遥、」

「りんちゃん、冷えてる」

「そう?ちょっと寒かったけど…でも、歩くうちに暖かくなったから大丈夫だよ」

心地良い僅かな息苦しさと、鼻一杯に広がる遥の匂いにくらくらと視界が揺れる。ふわりと、その拘束から解放されると、妙に色っぽい表情を浮かべた遥の顔が近付いた。そのまま少しかさついた唇が重なり、僕は遥につられるように目を伏せた。そのままベッドに腰かけた遥に跨がるように自分も腰を下ろし、首に腕を回して自ら唇を強く押し当てた。

「りん」

「、ん」

「だ、だめかも」

「へ?」

「…」

ずりずりと僕を膝にのせたまま後ろへ下がると、あぐらをかいて体勢を安定させ、「心臓壊れそう」と呟いた。
そうか、こうやって触れ合うことも我慢していたのかもしれない。もちろん、僕が咎めたわけでも、遥からそうしようと提案されたわけでもない。それでも遥の“我慢”が今とてもよく伝わってきて、胸がきゅっと痛んだ。

「はるか」

「、り─」

僕を見上げる顔を両手で捕まえ、もう一度唇を押し付けた。重なった唇から漏れる息が混ざり合い、徐々に口が開く。もう何度もしたキスは確かに少し慣れた。でも、触れるまでも、触れた瞬間もそのドキドキは変わらないし、こうしてだんだん深く解け合うみたいなキスになるのが今も変わらず恥ずかしくて緊張する。

「んっ」

「はぁ…りん」

「っ…はる…か、」

合否が分かるまであと五日。
その期間から目を逸らすみたいにキスをして、また明日学校で、と別れるまで手を繋いでいた。母さんに背中を押されて来ただけ、と思わなかったのは僕自身が遥に会いたかったからだ。解放感の中にある不安みたいなものを払拭したかったのと、誕生日に、生まれてきてくれてありがとうと、遥に言いたかったからだ。遥が僕の誕生日に何回でも言ってくれるみたいに。後日、また誕生日パーティーを開こうねと約束をして、その日はいつもより少し遅い時間に眠りについた。さすがに父さんみたいに突然プロポーズをする勇気はなかったけれど、そういう言葉は僕から言えたら良いなと思った。
合格通知が届いたのは、予定通り入試から五日後だった。ドキドキの中身には“合格”の文字があり、足元がふわりと揺れた。そうか、僕は四月になったら大学に通うのか…二年だけど、まだ学生をやるのか、と急にそれがリアルになった。遥はわんわん泣いて良かったと言ってくれた。母さんも、中間テスト終わってお祝いしようねと思いきり抱き締めてくれた。そういう祝福はもちろん涙が出るほど嬉しかったけれど、よく理解できていないまおが曖昧にそれでも「おめでとう、?」と首を傾げて言ってくれたのも嬉しかった。

「この中間で赤点の人は、毎年恒例のクリスマス補習だからな〜」

「先生に彼女出来ればなくなりますかー?」

「なくなりませ〜ん。先生が来なくても他の先生が来てくれまーす」

「ずるい!」

「はいはい、ぎゃーぎゃー騒がない。赤点とらなきゃいいだけなんだから」

しっかり勉強しましょうねと、小学生を相手にするみたいな言い方をして批判を浴びせながら、それでもみんな残り少ない時間で真面目にテスト対策をしていた。そのおかげか、冬休みに補習が嫌だという執念か、僕らのクラスで補習になった子は一人もいなかった。遥は一つだけあったけれど、再試で合格をもらえたから補習はなかった。ただ、その一つがとても悔しいと嘆いていて、最後のテストはもっと頑張ると言っていた。やっと終わったというのにもう次のテストのことかと谷口くんに大笑いされても、高坂くんに呆れられても遥は唇を尖らせて情けない顔をしていた。

「とりあえず冬休みなんだからさ、息抜きしよう」

「そうだよ遥、ほら、25日はクリスマスパーティーだし」

「……うん」

去年は谷口くんの家にお呼ばれしたクリスマス、今年は僕の家で開くことになった。といっても、大したことは出来ないのだけれど。それでもまおは張り切って飾りつけを作ったり、僕と一緒にメニューを考えたりしてくれた。すぐそこに迫ったクリスマスの準備は万全。遥は少しだけ気持ちを切り替えたように頷き、校門でみんなと別れた。小学校も今日が終業式で半日で学校が終わる。同じくらいに家に着くだろうか、と考えながら歩き出すとはらはらと雪が舞い始めた。今年は12月早々に初雪が降り、数センチ積もった。その時に比べればかなり少ない雪だけど、何となくテンションが上がる。

「積もるかな」

「どうかな、積もらなさそうな降り方だね」

「また雪だるまつくりたいな」

「冬休み中にもう一回くらいたくさん降るよ、きっと」

「だといいな〜」

白い息を吐きながら笑った遥に、そうだねと返して雪の降る中ゆっくり歩いて家に帰った。
まおとは本当に同じくらいに家につき、三人でご飯を作って食べた。遥はそのあとクリスマス仕様に飾りつけをするのを今年も手伝ってくれて、夜母さんが帰ってきて驚くくらい頑張ってくれた。

「りんちゃんはクリスマスプレゼントあげるの?はるちゃんに」

「…用意してない」

「りんちゃんってそういうとこ男っぽいよね」

いや男だからと言いたくなったものの、実際彼女と過ごすクリスマスにプレゼントを用意しない彼氏が批判されるのも分かる気がしたから飲み込んだ。もちろん、物をあげれば良いとか、そういうことではないのだけれど。
僕が遥になにかプレゼントしたいと言えば、遥は何が欲しいとは言わないし、逆だってそう。僕もこれがほしいというのは特になくて。そういう関係が良いのか悪いのか、経験のない自分には分からない。ただ、どんな物でも形として残るというのは食べ物や思い出と少し違うのかもしれない。母さんの指薬にある指輪だって父さんが居ない今もそこにあって、それは母さんにとってとても意味のあるものだとしたら。

「りんちゃんがいつか、これをあげたいって思ったらプレゼントすれば良いと思うけどね、はるちゃんに我が儘言ってもらうのも大事だと思うな」

「え?」

「逆にりんちゃんももっと我が儘言ったり甘えたりして良いと思うのね」

母さんは「こういう話を自分の子供とできるのって嬉しいね」と照れた笑いを浮かべた。恥ずかしさなら僕の方が勝っている自信があるけれど、なんとなく、そういうアドバイスみたいなものをもらう場面は少なくて、ましてや男同士だから気軽に相談もできない。それを考えると、母さんの意見はとても貴重でありがたく受けとるべきに思えた。

「ふふ、クリスマスパーティー楽しみだね」

「あ、うん…母さん仕事だよね」

「そう、残念。りんちゃんのお友達会いたかったな〜」

「何時に終わるの?」

「いつも通りかな。早く帰ってこれそうだったら、何か買ってくるね」

「いいよ、食べるものとか少しは持ち寄るし、僕も作るし。ケーキも、まおが作るの楽しみにしてるから」

そっか、と言いつつあまり納得していない様子。たぶんこれは、何か差し入れようと思っている。

「何人来るの?」

「四人、かな。まおの友達も声掛ければ良かったかな」

「まおは明日子供会のクリスマス会もあるからね」

地域の子供会のクリスマスで仲の良い子とは会えるらしい。まお達にとってそれがメインイベント、みたいなものなのだろう。僕も小学生の時は参加していたけれど、その時と今では内容が違うかもしれない。少しレクリエーションをしたり歌ったりして、最後にケーキを食べる、それだけの会が、それでも子供には一大イベントで。そんな自分にも恋人と過ごすクリスマス、がやってきた。二人きりではないけれど、同じように何年も経ったら二人で過ごすのかもしれない。考えたらとてもドキドキして、やっぱり、そういう場面でのプレゼントというのは特別に思えるから怖い。それでまんまとクリスマス商戦に乗せられる、というパターンだ。まあ、相手の喜ぶ顔に勝るものはないから、いいんだけれど。



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