入試は小論文と面接。
お昼を持参し、すべて終わって会場を出たのは想像したよりも早い一時半だった。そこから自分で電車と徒歩で帰ってきて、朝会場まで送り出してくれた母さんと、担任の先生に連絡を入れた。お疲れ様、と電話越しでもわかるほど安心しきった母さんの声に、まだ合否が出たわけじゃないよという言葉をのみんだ。小論文の出来は分からないけれど、面接は良かった方じゃないだろうか。思っていたよりずっと、スムーズに落ち着いて喋ることが出来たと思う。自分でも驚くほど、だ。端から見たらそれほどじゃないかもしれないけれど…それでも今の自分をすべて発揮したのだ、悔いはない。
着替えを済ませてベッドに横になると、どっと疲れを感じて目を閉じた。疲れ、というより緊張がほどけた、だろうか。まおが帰ってくるまでまだ時間はあるし、少し眠ろうかと一応携帯のアラームをセットする。今朝、誕生日おめでとう、と遥にメールを送った。お礼の返事がきたけれど、それきり僕からは返していない。返そうか、どうしようか…そんなことを考えたものの、結局アラームがなるまで昼寝をしてしまった。

それからはかなり頭がスッキリして、帰ってきたまおと夕食の準備をして二人で食べた。食べ終わる頃母さんが帰ってきて、お疲れ様、と恥ずかしげもなく頭を撫でた。

「ほんとにお疲れ様」

「ありがとう。結果はわからないけど…」

「ダメだったらまた一般で受ければ良いよ。それでもダメだったらまた来年でも良いし、ね」

「ありがとう」

「今日、はるちゃん来なかったの?」

「え?うん」

「そっかあ…今日誕生日だったんでしょ?」

「うん」

まおが洗ってくれるお皿を拭きながら母さんの話に耳を傾けると、父さんとの思い出話が始まった。母さんの誕生日に父さんは仕事で会えないと言いながらサプライズで会いに来いに来て、プロポーズまでした、という初めて聞く話だった。

「その時のプロポーズの言葉は?」

「それは秘密」

母さんは、「それはぱぱとままだけの秘密」と、肩を竦めて笑った。

「だからね、りんちゃん」

「うん?」

───…


『ピンポン』

“志乃”の表札がカカゲラレタ相変わらず立派な玄関を前に、握りしめていた携帯を開くとちょうど八時になったところだった。夜一人で出歩くことがほとんどない僕にとって、唐突に連絡もなく夜人の家に行くなんてことはもちろん初めてなわけで。この時間に遥が家にいるのかどうか知らないのだと思うと、普段会わないときの携帯でのやり取りがとても曖昧なもののように思えた。
インターホン越しに「はい」と聞こえたのは遥の声で、けれどそれ以上何か言う前にバタバタと玄関が開かれた。

「えっ!りんちゃん!?なに、どうしたの?」

完全にオフモードの遥はスリッパを爪先に引っ掻けて、転びそうになりながら僕の前で止まった。

「ごめん、突然」

「ううん、何かあった?」

「何もないけど…」

とりあえず入ってと手を引かれ、慌ててお邪魔しますと言うとすぐにもう一度、「どうしたの?」と問われた。

「どうもしてない、けど…おめでとうって、言いに?」

「えっ、」

はぁー、と長い溜め息を漏らした遥はその場にしゃがみこみ、頭を抱えてしまった。

「遥?」

「なんか、あったかと思った…安心して足の力抜けちゃった」

「あっ、ごめん」

「……ううん、ありがとう。すごい嬉しい。りんちゃんも、お疲れ様」

目尻を下げて微笑みながら、それでも少し困ったように見える。

「ありがとう」

「……本当はね、昨日、頑張ってとかりんちゃんなら大丈夫とか言いたかったけど、でも、りんちゃが頑張ってたの知ってるし、ほんとに努力してたのずっと見てきたから、そういうの簡単に言えなくて…ごめんね、なにも言わなくて」

「全然、気にしてないよ」

昨日も一昨日も少し感じた違和感みたいなもの、遥の微妙な表情の原因はまさにそれで、気を遣ってくれていることは分かっていたけれどそんな風に謝られるとなんだか申し訳なくてごめんねという単語がまた口から出てしまった。思えば、森嶋や谷口くんも言わなかった。自覚していなかったけれど、もしかしたらピリピリした空気を纏っていたんだろうか…顔色が悪いと言われたこともあるし、気丈に振る舞っても隠しきれないものがあってもおかしくない。ただそれはやっぱり申し訳ないなと思えた。

「言えば良かったって後から思ったけど、頑張って、ってそれだけになっちゃう気がして…そんなに簡単な意味じゃないのになって…」

「大丈夫だよ、ちゃんと伝わった」

「ほんとに?」

「本当」

遥を好きで、でも好きだという言葉じゃ足りない。そんな感じだろうかと問えば、目の前の男前ははにかんで「そんな感じ」と言ってくれただろうか。でも、その感情とは少し違うから伝わらなくて、こっちが恥ずかしくなるだけかもしれないなと、僕はそっと口を閉じた。

「りんちゃん」

立ち上がった遥は引っ掛かっていただけのスリッパを脱ぎ、キリッと胸を張って姿勢を正した。

「まだ、時間大丈夫?」

「、うん」

僕も靴を脱ぐよう促され家に上がる。次の瞬間には、あ、と思ったものの、もう遅かった自分の体は遥に引きずられるように遥の部屋へと誘導された。


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