「三年の音羽です」
先生と最後の確認をして資料をもらい、少し話をして最後は肩を叩かれ背中を押され寝坊はするなよと念を押された。時間はそんなにかからなかったものの、すでにどこも片付けは終わっていて、グランドからは野球部の声が聞こえた。廊下に出たところでそういえば、と思い携帯を開くと谷口くんから「作ったDVD机いれとく!」とメッセージが入っていて、昨日来られなかったまおたちに早く見せたいなととりにいくことにした。別に急ぎではないし、誰にも盗まれないようなものだったのだけれど。
校内には余韻に浸る声も響いていたけれど、三年の廊下は静かなものでさっきまで文化祭が催されていたとは思えないほどだった。僕の教室も例に倣って誰もおらず、なんとなく、本当になんとなく残念に思ってしまった。
「……」
谷口くんの言葉通り引き出しの中にDVDは入っていて、その賑やかなケースに無意識に頬が緩む。それを鞄の中に収め、もう一度階段をおりて学校を出た。熱気が冷めたせいか、いつもより寒く感じて今日に限って持ってこなかったカイロが恋しくなった。
遥からのメッセージは「了解」の一言。きっともう先に帰っているだろうから、今日は久しぶりに一人で帰るのだと気づいて余計に寒くなった。最近は待たせてばかりだったな、と思いながら校門を出てすぐ校門に凭れてで蹲る姿が目に入った。
「えっ」
「もう帰れる?」
「へ…どうしたの」
「りんちゃんの事待ってた」
門に凭れ踞っていたのは紛れもなく遥で、その顔は僕を見上げてヘラりと笑った。ブレザーの下に着たパーカーのフードをすっぽり被り、鞄を胸に抱えている姿はぱっと見誰だか分からない。それでもあげられた顔は遥で、立ち上がりながらフードをとると綺麗な金髪が夕日の赤に当てられた。
「でもメール…」
「うん、こっそり?」
「ごめん、寒かったでしょ」
了解、の一言だったからとか、谷口くんからも聞いていたんじゃないのかとか、待っていたことを問う言葉はたくさん思い浮かんだけれど、それより嬉しいと思ってしまった僕はじわりと赤くなっている遥の鼻に触れた。
「谷口くんがパーカー貸してくれた」
「あ、これ谷口くんの?」
「うん」
言われてみれば見たことある。
ブレザーの中に着用して良いと指定されているのはカーディガンかベスト。身だしなみ検査の日でなければパーカーを着ていても軽い注意だけで済む。だからたまに谷口くんも着ていて、ただ、二人の体格差では…と、思った通り遥は一旦鞄を地面におきブレザーを脱いで袖の足りていないパーカー姿になった。
「待ってるうちに寒くなったら可哀想って貸してくれたけど、ちょっとキツかった」
「……」
「前閉まらないし、脇も…なんか裂けそう」
「…もう脱ぐの?」
「うん、歩いてるうちにちょっとは温かくなると思うし」
たぶん、谷口くんがそれを貸してくれたのは寒いから、という理由だけではないだろう。どこで待つ気か知らないけど、まだ賑やかさを引きずる後輩が校内に残っているから、目立たないようにしてくれようとしたんだろう。先に帰ってと伝えたはずなんだけど…という疑問は、その気遣いに気づかないふりをすることにして、パーカーを脱いでブレザーを羽織った遥に鞄を拾い上げて手渡す。「ありがとう、帰ろう」と、柔らかく微笑む遥に頷きもうずいぶん寒くなった道を進んだ。
「あ、りん」
「ん?」
「これ、さっき渡しそびれちゃったから…」
「あ…ほんとにいいの?」
「うん」
「ありがとう」
それは、さっき遥が見せてくれた投影機だった。明るいところで見るとぱっと見何か分からないそれは、けれど自分の名前が見えてすぐに理解した。
「嬉しい」
「良かった」
今日は荷物が少ないしこれも小さいから、鞄の中に入れようかと一瞬足を止めたものの、何となくこのまま抱き締めていたくてすぐに歩き出した。
「遥、今日の夜…」
「うん?」
「電話、しても良い?」
「え?」
「あ、無理なら─」
「むっ、無理じゃないよ、出来る、する」
「じゃあ、夜…寝る前に、ちょっとだけ」
「うん、待ってる」
へへ、と赤い鼻を触りながら笑った遥とはうちの前で別れた。きっと遥なりに、気を遣っているんだろう。僕は遥にもらった投影機を自分の部屋に飾り、明日に向けて最後の追い込みに入った。
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