「あれ、志乃」

「あ、谷口くん」

「なに一人?」

「うん、教室番行くとこ」

「音羽は?」

「茶道部のところにいる」

「そっか…え、一人置いてきの?」

「え?うん…あ、そっか」

「あはは、今頃ナンパされてるかもじゃん」

「えっ!?」

「いや、冗談冗談」

百パーセント冗談というわけではないけれど、と口から出そうになった言葉は飲み込んだものの金髪が不安げに揺れた。

「どうしよう…」

「大丈夫だって。されてても音羽しっかりしてる…し」

「え、なにその間」

「え?あ、ううん?別に。志乃のクラス他に誰かいんの?」

「高坂くん」

「俺もついて行こうかな」

二人が教室につく頃、体育館ではカラオケ大会が始まり、それを目当てで校内を出て行く生徒が多かったのか廊下には一気に静かな空気が流れた。

「あ、志乃、ほんとに来たの」

「え?」

「いや、音羽といたら来ないかなって思ってた」

「戻って良いなら戻りたいけど、ちょうどいいから少しいるね」

「は?」

準備するーと、気だるげに言いながらもその声は弾んでいて。窓一面を段ボールで遮光した教室内は暗く、ドアを閉めるとお化け屋敷並みの静けさだった。そのあとに谷口が続き、「何すんの?」とわくわくを隠せない声で問うた。

「……手伝ってくれる?」

「内容によっては」

「じゃあ…」

それからしばらくして、お前らなにしてんのとドアの向こうに設置された椅子に座ったまま問いかける声に「今お客さん入れちゃダメだからなー。見張りよろしく」と子供みたいな声が返ってきた。

───…

今から行くねと、メールを送ったものの返事はなかった。電話もかけたけれど出ず、まあいいかと遥の教室を目指して階段をあがる。三年生の教室がある廊下に出ると、高坂くんが一人その前にいて、軽く手をあげてくれた。それからドアを少し開け、何か教室内に向かって声をかけると谷口くんが出てきた。

「あれ?谷口くんもいたんだ」

「音羽、来るとき連絡するって…」

「うん?した、けど…」

「えっ」

あ、と少し遅れて出てきた遥が脱いでいたブレザーのポケットから取り出した携帯を見て、声を漏らした。ごめん気づかなかった、と申し訳なさそうに言う姿に思わず笑いが漏れた。

「良いよ、大丈夫だから」

「りんちゃん、一人で待ってた?」

「ううん、森嶋と」

「そっか…」

「うん、忙しそうだったから早めに別れたけど…あ、遥のクラスの子はまだ体育館にいるみたいだったけど」

妙に静かな廊下で、「じゃあ中入ろう」と遥に手を引かれた。そうか、サッカー部のカラオケ大会は目玉発表なのかもしれない。体育館は本当に賑やかだったし、見ていっても良かったけれど隅っこで立って見るしか出来なさそうだったし…

「入って良いの?」

「うん、どうぞ」

じゃあお邪魔します、と先に教室に入って驚いた。暗い教室の中に、小さな光りがたくさん散りばめられていて、ああ、プラネタリウムかと理解するのに時間はかからなかった。外から見たこの教室の窓には面に段ボールが貼られていたけれど、中からはさらに隙間なく暗幕で隠してあるらしい。本当に暗くて、小さな星が少しぼやけながらもしっかり確認することが出来た。教室自体がプラネタリウムになっていて、それにも驚いたけれど机を台にして設置された半球体のドームみたいなものが二つあり、その中でも手作りの星が見える仕組みになっていた。足元には小さなランタンが並んでいて、暗くて困るということはなかった。

「すごいね…」

「みんなで頑張ったんだよ」

「うん、知ってる、けど…どこまで手作りなの?」

「……全部?あ、壁とか天井に映してる投影機は先生に大分手伝ってもらったけど…ドームとか、ドームの中の簡単な投影機は自分達でやったよ」

「ドームも入って良いの?」

「うん」

一応、ドームの中はいくつか作った投影機を交換したりして、二回でも三回でも楽しめるようにしているらしい。そういえば遥たちの担任は星オタクで有名だ。それでも、このドームも窓と同じように段ボールで作られているし、中にあった小さな投影機も材料費は何百円しかかからないものらしい。

「え、すごい、ここはカラフルなんだ…」

「まおちゃんが喜びそうだよね」

「うん、呼べば良かったなあ…」

大きく見えたドームは、けれど僕と志乃が入るとあと限界に思えるくらいの広さだった。カラフルな色と星座は全く関係なく、いろんな形は確かにまおが喜びそうな可愛らしい空間だった。

「りんちゃん、向こうも見て」

「うん」

もう一つのドームへ、手を引かれて入るとまた全然違う世界だった。

「えっこれ…」

「俺が作ったんだよ」

ドームに映る星の形や配置に意味があるのかはわからない。し、そこだけを見ていたら綺麗なだけの空間だ。けれど、光を放つ小さな投影機を見れば、きちんと意味がわかった。

「遥が?」

「うん」

小さな穴から漏れる光は、とても綺麗に“凛”という文字を照らし出していた。


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