「音羽たち一緒にまわんの?」
「うん」
「じゃあ、昼飯くらいに連絡する。一緒に食べて、それから準備しよう」
「ん、ありがとう」
「じゃあ、あとでな」
谷口くんたちは一斉に体育館を出ていく生徒の波に混ざり、すぐに見えなくなった。僕らも行こうと腰をあげたのは、その行来の波が落ち着いてからだった。
「樹、今日来るって」
「あ、そうなの?」
「うん、たぶんお昼までには」
「そっか。久しぶりだなあ」
「りん」
「ん?」
「…ううん、行こう」
微妙に憂いを帯びたような顔をした遥に、そんな顔もするのかと一瞬胸が跳ねた。どうしたんだろう、と思ったものの、このクラスのところ行きたいとか暖かいもの飲みたいとすぐにいつも通りの遥に戻ったから飲み込んでしまった。
毎年の光景と変わらない、お化け屋敷や模擬店、展示、それをまわりながら、遥はたくさん声をかけられて足を止めるもののすぐに振り払っていたし、写真を撮りたいや連絡先を教えてほしいという申し出には足も止めなかった。なんとなく、それに違和感を覚えたのはやっぱりいつもと少し違う遥の顔のせいだろうか。
「あ、書道部」
「……」
「ん?なに?僕の顔なんかついてる?」
「あ、ううん、ごめん、ほんとだね」
慌てて視線を逸らし、廊下から中庭を見下ろすと書道部が袴を着てパフォーマンスをしていた。大きな筆で力強い文字、何人かが一斉に一つの紙に文章を綴っていくそれに、足を止める人はたくさんいた。僕らも最後まで見守り、それが終わるのとほとんど同時に谷口くんから電話がかかってきてグラウンドに向かった。その途中で樹くんからも連絡があり、門に迎えに行くと入り口番をしていた先生に赤髪の彼は捕まっていた。
「樹くん」
「おー、久しぶり」
「なに、入れてもらえないって?」
「ちげーよ」
見た目の不良感はそのままだけれど、樹くんのことを知っている先生だったらしく少し話していただけだと遥は鼻で笑われた。
「僕たち今からお昼食べるから、一緒にいこう」
「ああ」
相変わらずの赤い髪は、四月辺りに短くしたままの長さをキープしていてやっぱりそれはとても似合っていた。まあ、花屋の店員、となれば不釣り合いかもしれないけれど…
「おー!大橋じゃん、久しぶり!」
「久しぶり」
「あはは、変わってない」
「三ヶ月くらいで何が変わるんだよ」
「あーでも、なんか、ちょっと余計声かけずらい雰囲気出てるかも」
同じ制服を着ていないからかもなと、返された谷口くんは妙に納得して、とりあえずお腹空いたから適当に食べようと模擬店を指差した。今日は晴れて良かったなと、久しぶりに顔を見て言葉を交わした樹くんが小さく笑った。短い髪から覗く耳にはシルバーのピアスが光っていて、なんとなく、懐かしく感じた。アクセサリー類は基本校則で禁止されていて、それでもつけている生徒はたまにいて。出会った頃の樹くんもピアスを付けていた。最近はあまり付けていなかったんだなと、今になって気付いたのだ。
「音羽のクラスはこのあとだっけ?」
「うん、もし時間あったら見ていって」
「おお」
「りんのクラスの見に来たんでしょ」
「お前らみんなして来いってうるさいからだろ」
遥は「俺一番前で見るから」と言いつつ、一人で一番前を陣取るより樹くんといる方が良いと思ったのか、ちゃんとついてきてよと続けた。
みんなでお昼を食べてから僕と谷口くんは一足先に体育館へ入った。と言っても準備することはなく、カーテンコールの並び順を確認しただけ。カーテンコール、と呼ぶのが正しいかも分からないけれど。完成したものは僕らも数回見たし、去年のような緊張感もないけれど、驚くほど綺麗に出来上がった映像にはドキドキした。それが、人の集まったこの体育館の大きなスクリーンに映し出されるのだと思うと緊張というよりわくわくの方が大きい気がしたのは確かで。
午後一番の時間と演目を読み上げる新しい生徒会長の声が響いて、幕の隙間から向こうを覗くと一番前の真ん中にとても目立つ遥の姿が確認できた。まあ、目立つと言えば樹くんも目立つし、むしろ私服で赤い髪をして遥と並んでいれば余計に目につく。でもそのおかげで遥の周りに場所を取った女の子たちは声をかけづらそうにしているし、それはそれで良かったなと思うけれど。
「音羽」
「あ、うん?」
「エンジン組もうって」
これから気合いをいれる、というのも変な話だけどこういうときのテンションだととても納得ができて組まれ始めていた輪にいれてもらった。小さな声で、実行委員が一言喋り、「おー!」とみんなの声がハモった。もちろん、内緒話をしているくらいの小声で。そのまま時間になり、館内は暗転して幕が上がった。すでに下ろされていたステージ上のスクリーンと、体育館後方の壁一面にすぐに映像が写し出された。パソコンやテレビの小さな画面よりずっと大きな映像は、端に少し映っているだけでもよく見えて一気に恥ずかしくなった。自分が映ったのは20分の中でほんの二、三分だったかもしれない。それでもその中のいたことが嬉しくて、楽しそうに見てくれる人がたくさんいて胸が熱くなった。
三曲分のダンスが終わると、最後にメイキング動画を使ったエンドロールが流れ、僕らもステージに並んだ。みんなで手を繋ぎ、大袈裟に頭を下げて拍手を感じながら幕はおろされた。ああ、終わってしまった、そう思う僕にお疲れさま、とかけられる声。僕も言い返しながら退場するとすぐに遥が駆け寄ってきて満面の笑みで同じ言葉をくれた。
「ありがとう、今はそんなに疲れてはないけど」
「あはは、そっか。でも、りん上手に踊れてたよ」
「そ、んなことは…」
「ほら、だから自信もって踊れって言ったじゃん。音羽ちゃんと踊れてたから」
実際踊っているときはちゃんとついていけてる、とか振り付けも覚えてる、と思っていたけれど…実際録画したものを見ると微妙に遅かったり、合っていなかったりして、悔しさは感じた。ただ、ステージが本番でそこで踊るとなると、きっともっと緊張して踊れなかっただろうなとは思う。
「このあと軽音部のバンドだけど、音羽たちも見てく?」
「谷口くんたちはもう回らないの?」
「結構回れたしまだ明日もあるからさ。軽音部のは見るつもりだったしとりあえず見てく」
じゃあ僕らも見ていこうと、最前列に残ったままだった樹くんのところへいき、何人かで腰を下ろした。去年特別に感じたいろんな行事が、今年はまた違う意味で特別なものに思える。たくさん写真を撮ったり、普段あまり言葉を交わさない子や先生と喋ったり、少し前の自分では考えられなかった事だ。
みんなで見たライブ演奏はすごく盛り上がって、上手なのか上手じゃないのか僕にはわからなかったけどとても楽しかった。結局そのあとも体育館で過ごし、劇やダンスを見た。遥のクラスには本当にいかないまま一日目が終わってしまい、帰り道でご機嫌な遥に横目で「明日楽しみにしてる」と言うのが精一杯だった。
「最後の、エンドロール?のとこで、りんちゃんが笑顔で練習してるやつ可愛かった」
「何、急に」
「俺も見たかったなー」
「見れたでしょ」
「そうじゃなくて、その場で見たかったなって」
でも、これから先そういうことがもっと増えるはずだから、慣れないとねと続けられた言葉に鼻の奥がツンとした。そうか、それに慣れなくちゃいけないと思っているのか…たぶん、僕の方が現実的なことを考えていると思っていて、けれど、遥の口からそういう言葉を聞くとそうでもないのかも、と気づく。
「はる─」
「明日も、楽しみだね」
「…うん」
僕の家につくと、遥は足早に去っていってしまった。ここ最近はずっとそうで、家に上がっていく、ということが極端に減った。僕に気を遣っているんだろうけれど、こんなに明るいなか見送る背中には寂しくなる。
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