まるで子供の泥遊びみたいな体育祭の写真を待受にした僕に、谷口くんが「専門学校合格したよ」と報告してくれたのは文化祭の準備を始めた十月真ん中だった。

「え!おめでとう!」

「ありがとう。まあでも、願書だけだしな」

受かって当然と言えば当然なんだけど、と少し照れ臭そうに目を伏せた谷口くんにもう一度お祝いの言葉を溢した。僕は文化祭の後だから今が一番緊張するものの、準備に積極的に参加できていないのはほとんどが卒業式後に試験を控えたクラスメイトだ。ピリピリした雰囲気の中、それでも僕に報告してくれたことは嬉しかった。

「音羽ももうすぐだよな」

「うん」

「あ、そういえば体育祭のあと、あの一年生から連絡来た?」

「水谷さん?きたよ、写真送ってくれた」

「そっか。志乃には?言った?」

「うーん、一応?」

“水谷さん”ということは言わなかったけれど、後輩の女の子が写真を送りたいからと、連絡先を交換したとは言った。でも本当に写真のやりとりをしただけでその日以降は連絡をとっていない。

「心配性だもんな〜」

それでも、なんとなく後ろめたく感じるのは、遥だったら頑なに断っていただろうと思うからだ。もちろん、僕も知らない子が相手なら断っていた、だろう。そういう経験がないから何とも言えないのだけれど。ただ、少し軽率だったかもしれないなと反省はしている。現に、僕の携帯のメモリは同世代の男子と比べたら極端に少ない。だから一つ一つがとても大事で、重みさえ感じる。遥は少し不満げにそうかと頷いただけだったけれど、もしかして変な心配とか…いや、さすがにそれはないかもしれないけれど…少しくらいは嫌だなと感じてくれていたら、嬉しいかもしれない。なんて、少し不謹慎なことを思った。

「大丈夫だよ、何もないし」

「音羽だけかもしれないじゃん。そう思ってんの」

谷口くんには珍しく、少し意地悪な言い方をするなと思ったら「羨ましい」と、僕が何か言うより先に言われてしまった。何が、と言おうとしたところで「ペンキ欲しい人前来て」とかけられた声にそれも飲み込んでしまった。

「ペンキまだいる?」

「あー…僕らのは大丈夫だと思うけど」

「ん、あとここだけだもんな」

「うん」

僕らのクラスは事前にビデオを撮ってそれを当日のステージ発表の枠で流すというもの。ショートムービーやミュージックビデオと呼べるほどのものにはならないだろうけれど、流行のアイドルやグループのダンスを録画してメドレーにする。当日踊る、という案が却下されたのは、みんなで合わせて練習する時間が充分にないのと切れ切れに録画して繋いでいく方が一人一人の負担が少なくて済むからという理由。事実、そのほうが当日はずっと自由だし、去年の劇同様その時間だけで済むうえに準備や事前の打ち合わせが必要ないのは楽だと思う。
ダンスなんて大層なものが出来ない僕は曲名のプレートやちょっとした衣装やアクセサリーの制作組に入れてもらった。もちろん、みんなで踊るところは練習するけれど。

「あ、あとさ」

「なに?」

「誕生日、志乃になんにもさせてやらなかったって?」

「えっ」

「なんにもしてあげられなかったって、志乃も口にしたら急にショック受けたのかまた落ち込んでた」

「そんな、え、でも、ごちそうしてもらったんだよ?」

確かに自分の誕生日はまおの運動会のあとで、もともと当日にお祝いするのは無理だと分かっていたし、毎年まおの誕生日と一緒にしているから音羽家としては例年通りだった。ただ、遥に夏休みに働いた分でプレゼントがしたい、何か欲しいものあるかと問われ、また遥のご飯が食べたいと答えた。そしてそのお願いはちゃんとかなえてもらった。

「なにもしてもらってないなんて思ってないよ?」

「でも、去年から今年こそはって思ってたって」

「あー…なんていうか、自分の受験がもうすぐっていうのもあって、何となく浮かれるのは怖いなって思ってる、とは言ったけど…」

「それ言われたら盛大に祝えねえわ」

「えぇ、そんな、嫌味な意味で言ったんじゃないよ?」

「それはわかるけど、ほら、頑張ってるの知ってるし緊張感とかも伝わってくるし、ましてや音羽は家族のこともすごい考えてるし、押し付けるのもなって思うのも分かるっていうか」

去年、来年はプレゼント用意するねと、確かに言ってくれた。何か欲しいものがあるわけでもないし、それでも遥がくれるものだったら何でも嬉しい。だから僕はじゃあ遥のご飯がいいとちゃんと希望を言ったのだ。もう一つ、言い訳をするとしたら遥の誕生日が自分の受験日だというのもある。文化祭一日目が祝日で、その振り替えが遥の誕生日、というのは去年と同じ。まさにその日が受験日で、小論文と面接だけだから昼過ぎには家に帰れるけれど何も用意が出来ないのは申し訳ないなと思っていて、たくさんしてもらってもお返しができないかもしれないという心配がある。

「まあ、でも、楽しみにしといたら」

「なにを?」

「ん?いろいろ」

「谷口くん、何か聞いてるの?」

「え〜?聞いてないよ?」

ほら、手動かしてと、肩を揺らして笑った谷口くんは僕の持つ筆の先を指でとんとんと軽く叩いた。ちなみに谷口くんは今日これから三曲分のダンスを覚えるらしい。こればっかりは、振り付けを覚えられるかどうか、というだけじゃなくて体がそれを覚えて動かせるか、という問題だ。僕みたいに頭で覚えても体がついてこなければ格好悪いばかりで。それでも谷口くんが、俺が覚えてくるからそれからしっかり教えると言ってくれた。
「最後だしみんなで頑張ろ」と、屈託なく言える彼に、言いきれない感謝がこみ上げてきたのは言うまでもない。


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