まおの小学校初運動会は、一年生らしく可愛らしい踊りが僕の中でMVPだった。それから玉入れと綱引き、リレーにも出ていた天使は、明らかに運動神経が良くて途中声が出なくなってしまった。あれ、あんなに足早かったっけ、とか玉入れであんなに上手に入れる声初めて見たとか、驚きばかりだった。保育園の運動会でも、同じような種目があったし、確かにまおは運動が得意な方だろうとも思っていた。けれど…ここまでだったなんて…

「あの赤の二つ結びの子早かったね!」

「小さいのにすごいね」

と、近くで応援していた夫婦の声もばっちり聞こえていて、カメラを持つ手が震えた。谷口くんの忠告通り、整理券はもらいに行かず、当日の朝母さんが早くから校門に並んで場所を取ってくれた。それは、整理券…と後悔するような場所だったけれど、まおの出る種目が見れれば良いんだからと言い聞かせてシートを敷いた。隣に来た家族が大きなテントを立てたから、そこにお邪魔させてもらって。

「天気も良いし、まおも絶好調だったね」

「うん」

「りんちゃんのお弁当も美味しかったし」

二人で朝早くから準備したお弁当は、場所取りを母さんに貸せた僕が七割ほど頑張った。それでも重箱一杯のそれには母さんの愛情がてんこ盛りだった。
唐揚げに動物のおにぎり、甘い卵焼き、たこさんウインナー、ポテトサラダ、ハート型ハンバーグ、レンコンとごぼうのきんぴら、三種類の一口サンドイッチ、うずら卵のベーコン巻き、デザートには梨とブドウをつけた。他にも数種類のおかずを入れ、三人では食べきれなくて、テントに入れてくれた家族にもおすそわけした。遥も来たがっていたけれど、来れたのはお昼を過ぎてからで、見れたのは踊りだけだった。子供に人気のアニメのテーマソングは、さすがの僕でも知っている曲だったし、家での練習にも付き合ったから振り付けもなんとなく覚えてしまった。それを、まおは完璧に踊りきって満面の笑みを僕らの方に向けてくれた。

「りんちゃんの体育祭も見に行きたいな」

「平日だから無理しなくていいよ」

「覗きに行っても良い?はるちゃんも見たいし」

「でも、りんちゃんと団違うんです」

「おばさんどっちも応援するから大丈夫。高校の体育祭、一回も見に行けてないし最後だから本当に行きたいんだけどなあ…」

遥は「来てくれたら嬉しい」なんてマダムキラーみたいな微笑みを浮かべた。母さんもまんざらでもない様子で照れ笑いなんて浮かべて「お仕事頑張るね」と返した。
平日に休みはとれないから、おそらく仕事の途中で本当に覗きに来るつもりだろう。

「遥、今年も選抜リレー出るんだって」

「そうなの?すごい!!頑張ってね!」

頑張りますと、もう一度気合いをいれた笑いを浮かべた遥に、近くにいたお母さんたちも黄色い声をあげていた。まあでも、こんなイケメンが小学校の運動会にいる時点でちょっとした騒ぎだ。それを思えば、運動会の熱と活気に溢れた場所はその騒ぎを少しは抑えてくれていたかもしれない。
まおの運動会、終わってみればまおの団は結構な点差をつけての優勝だった。集合写真の撮影は戦争で、僕もその中に飛び込むつもりだったけれど母さんが張り切って入っていったから大人しく片付け担当を引き受けた。それから自分達の荷物をまとめ、入場門や生徒用のテントの片付けを手伝ったりして、土に汚れたまおと学校を出たのは三時をまわった頃だった。荷物と僕ら四人を乗せた車は窮屈だったけれど、まおから漂ってくる太陽と土の匂いには癒された。何が楽しかったとか、悔しかったとか、話は尽きなくて天使が一段と眩しく思えたのはみんな同じだったに違いない。遥が「踊りしか見れなかったから、来年はもっと早く来て応援する」と、まおと指切りをするのを横目に、まずは来週に迫った僕らの体育祭があるけど、と思ったことは内緒だ。

「ビデオ撮ってたから、今度一緒に見ようね」

「え!見ます!」

「まお、リレーすっごく早かったから、はるちゃんに見てもらわないとね」

「うん!」

「そうなんだ、楽しみ」

きゃっきゃと楽しそうな声をあげていたまおは、それでも疲れていたらしくいつもより二時間も早く眠りについた。僕はまおと母さんが寝静まってから、興奮冷めやらぬうちにその日のビデオを再生してまおの姿を焼き付けた。
一方、僕らの体育祭は対照的に生憎の曇り。それでも無事決行された。雨続きで思うように練習も出来なかったけれど、それでも本番は始まってしまうもので。曇りの中進む種目の最中、遥は出場していない限り周りに人を集めていた。さすがに見慣れた光景を気にすることはあまりなかったけれど、時間が経つにつれて暗くなっていく空は気がかりだった。

「今にも降りだしそうだな」

ぽそりと呟いた谷口くんに、今日の降水確率は70パーセントだったと返すと「もたなさそう」と苦笑いが返ってきた。せっかくの体育祭なのだから、鬱陶しいくらいの晴れを期待していた。もちろん、少し涼しいくらいのこの気温は快適で、こういうときでなければむしろ過ごしやすかった気がするのは確かだけれど。

「今日こそてるてる坊主作るべきだったよ、音羽」

「まおの運動会の時は作ったんだけど…」

「抜かりないな」

ここ数日雨ばかりだったから、なんとなく明日くらいは晴れるだろう、明日こそは、というのがあって作るのを忘れていた。

「俺晴れ男だと思ってたのに〜。今までこういうときに雨降った記憶ないし」

少し悔しそうに言う谷口くんを背に、雨独特の湿った匂いが漂う。午前の部はなんとか乗りきったものの、遥たちとお昼をどこで食べようねと話している最中、ポツリポツリと土にシミができ始めた。

「うわ、降ってきた?」

「このくらいの小雨なら昼からもやれそうだけど…」

ひどくなったら中止になるだろうか。まさかこの中途半端なまま延期、ということはないはずだからここまでの得点で優勝を決めるのかもしれない。経験がないからどうなるのか、本当にわからないから何とも言えないなと、言葉を飲み込む。



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