九月、夏休みの明けた学校は去年同様体育祭に向けた熱気と、抜けきらない夏の暑さが交じり合った空気に包まれていた。そんな中でも、三年生、というだけで全然気分が違うのはみんな感じているだろう。進学にしても就職にしても、決まる子が徐々に出てくるのを横目で確認しつつ、自分は自分のやることをやるだけ、と焦りには蓋をして学校生活を送る。
面談は希望者だけで、数人がもう済ませていた。僕も母さんの都合の良い日にちにしてもらったけれど、特に大事な話はなく「気を抜かないように」と肩をやんわり叩かれる程度だった。

「大橋、辞めたんだって?びっくりした」

「うん」

「あと少しだったのにな」

谷口くんは最後に会ったときよりさらにこんがり焼けていて、あれ?受験生だよね?と担任に笑われるほどだった。そんな谷口くんは樹くんが辞めた事を今朝学校に来てから知ったという。「残念だな」と呟いた彼に、去年のこの時期、まさに体育祭で、僕は谷口くんに声をかけてもらった。そこから仲良くなって、谷口くんの周りに居た数人とも親しくなれた。今思えば、谷口くんが居なければ学校がこんなに楽しい場所だったんだと知ることはなかった気がする。コミュニケーション能力が高い、というのはもちろんあるけれど、それより彼の人柄が他人を引き寄せているんじゃないだろうか。遥でさえ、嫉妬しながらも谷口くんを友達だと思っているはずだから。

「残りは通信でとるんだって」

「その辺意外と真面目だよな」

「あはは、そうだね」

「志乃も寂しいだろうな〜なんだかんだ」

いや、意外とケロッとしてる、というのは飲み込み、曖昧に頷いてから黒板に書かれた種目を見つめた。例年通りのプログラムは、男女別から選抜リレーまで既に定員分の名前が並んでいる。
残念ながら、遥のクラスと一緒の団にはならなかった。ことごとく残念だよねと言いつつ、それはそれで楽しそうにも思えた。

「あ、そういえば俺らの団長って誰だっけ?」

「三組の高木くん」

「あー、で、副がうちのクラスの小林さんか」

実行委員が用紙に名前を記入する間、少し賑やかだった教室でそんなことを思った。

「この時期に体育祭してそのあと文化祭とか、うちの学校どんだけ呑気なんだろ。去年は何も思わなかったけどさ…あ、そういえば小学校も運動会じゃん?いつだっけ?」

「来週」

「すぐじゃん」

「うん、場所取りが大変だって聞いたから、早起きしていこうと思ってる。前日に整理券配られるんだって」

「まじかよ」

「でも一年生の保護者がそこまで張り切ったら、六年生の親御さんとかが困るかな…」

「まあ、そりゃそうだけど、なに、整理券もらいに行く気?」

「うん」

「いや、それはやめとけよ」

「やっぱりダメかな?」

整理券と言っても、あくまで同日並ばなくても決められた範囲内で好きな場所を順番に確保できる、というもの。整理券がなくてもグラウンドには入れるし、テントも張れる。ただその場所からでは全然競技が見えない、というだけ。カメラを持って前に行くことは出来るし、立って見ることも出来るから無くてはならないという程ではないのだ。

「谷口くんも来年悩むから」

「だよなー…でも宏太の通う小学校、まおちゃんのとこより人数少ないし整理券とかもないはずだけど」

「あ、そっか…学校違うんだ」

僕と谷口くんだって小学校どころか中学も違う学区だったのだ、まおたちも当然違うわけで。うちから保育園までは徒歩圏内だけれど、谷口くんの家から保育園までは少し距離がある。学校帰りに迎えに行くなら苦ではないだろうけれど。

「残念、かも」

「残念だよな〜。宏太保育園入れる時空きがなくて大変で、やっと見つけたとこだったんだよ。家からちょっと遠いしどうすんのって感じだったけど」

笑いながら、その宏太ももう年長かよと机に伏せた谷口くんに、じゃあもしかしたら僕らが高校で出会うより前に保育園で見かけていたかもねと呟く。すると谷口くんからは「俺は知ってたから」と、自慢げな声が返ってきた。保育園で見かけた顔を入学した高校で見つけたもののクラスが違ったから声がかけづらかったと続けられ、全然気づかなかった自分は相当まおのことばかりに気を取られていたんだなと、少し恥ずかしくなった。もちろん、僕がいっぱいいっぱいだったというのが一番大きい気がするけれど。

「まあ、だから、音羽と仲良くなれて良かったな」

「谷口くんのおかげだよ」

「俺?」

「谷口くんが声かけてくれたから」

「そっかな」

「嬉しかったよ」

「…あー、俺ほんっと音羽と結婚したいわ」

「えっ」

「音羽のそういうとこ、すげー好き。とか志乃に聞かれたら怖いからもう言わない」

「あはは、なにそれ」

実行委員が写し書きを終え、黒板は綺麗に消されていく。去年同様、特別練習が必要なものはなくて、それでも余った時間は二人三脚の組み合わせや並び順、副団長の指示のもと応援の練習等をして過ごした。一年生の頃はいろんなことが全然決まらなくて、なかなか進まなかった気がする。それが今はあっさり決まって、時間の余裕があるくらいで少しだけ大人になったような気がした。


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