そろそろ浴衣を着ようかと二人を促し、今年はみんなで浴衣を着た。遥が持ってきた浴衣はあんまり若者っぽくない渋い色と柄で金髪には似合わなそうだったけれど、着付けを終えた遥は驚くほど格好よく着こなせていた。これがイケメンの力か、と納得するくらいに。三人で浴衣を着て家を出る頃、お祭りに向かう人でいつも静かな道は賑わいでいた。

「樹くん何の屋台?」

「それは知らない」

「居るかな」

「……」

「っ、なに」

立ち止まった遥の肩に自分の頬がぶつかり、立ち止まった僕につられてまおも立ち止まる。もうあと数メートルで屋台が続く道に出るというのに、立ち止まった遥は口を尖らせて僕を振り返った。

「今日樹の事ばっかり」

「え?」

「せっかくデートなのに」

「あ…ごめん、そういうつもりじゃなくて」

「……」

「遥、」

「ううん、分かってるけど、心配してるって。でもなんか、やだ」

しゅん、と耳が垂れた犬のような顔。思わず笑ってしまった僕に、遥はもっと不満そうな目をして視線をそらした。

「ごめんね」

賑やかな声と足音、音楽、夏の終わりの匂いと気持ちの良い風。人混みに紛れるふりをして、まおと繋ぐ手とは逆の手を遥の指に絡めて前に進んだ。本当は間に挟んで歩きたかったけれど、片手でわたあめを握りしめてしまったから無理だった。

「あ、」

「なに?」

「今度、お店行っても良い?遥のおじいちゃんの」

「え!?」

「嫌なら行かないよ」

「嫌じゃないよ!全然嫌じゃない!いつ来る?あ、俺もうお店出ないけど、一緒に行く?」

たった一言で機嫌が良くなった遥はウキウキと軽い足取りになり、たこ焼きやさんの屋台で樹くんを見つけても嫌な顔はしなかった。

「おー、いらっしゃい」

「一つちょうだい」

「はいよ」

「…おばさん、大丈夫なの?」

「あ?すげー元気。でもまだしばらくは入院」

「そっか」

「……なんだよ、音羽泣きそうじゃん」

器用にくるくるとたこ焼きを焼き上げていく手元を眺める僕に、樹くんはいつもと変わらない顔に苦笑いを浮かべた。赤い髪にはタオルを巻き、Tシャツの袖を肩まで捲り上げた格好は完全に怖いお兄さんで、知り合いじゃなかったらここでは買わなかったかもしれない。それでも出来上がりはすごく綺麗で、ほら、と差し出されたパックには一つおまけを入れてくれる優しさは健在で笑ってしまった。

「寂しいなって」

「りんちゃん!樹にそんなこと言わないでよ!」

「ええ?」

「もー!たこ焼き買ったしあっち行こう」

「はは、これじゃ遥は絶対やめれねーな」

「は?やめないし」

「はいはい、まあせいぜい頑張れよ」

言われなくても頑張ると言い残し、遥は僕の手をとって先に進んだ。賑やかな声の中で、たぶん知った顔はたくさんあったように思う。けれどそれにプラスして遥を振り返る人がたくさん居たから、僕らは立ち止まらないで座って花火を見られるところまで歩いた。
そういえば去年は偶然会ったんだった。遥の貞操を案じていたのが懐かしく、もう童貞どうこうで遥がいじられるのもしばらく聞いていない。ああ、それから宮木さんにも…あれからぱたりと連絡は途絶えているなと、今さらになって気づいた。そうか、付き合い初めて丸一年経ったのだ。

「りんちゃん?」

「あ、うん、座ろっか」

「うん」

僕らが腰を下ろすのと花火が上がると放送が始まったのはほぼ同時だった。樹くんの焼いたたこ焼きを食べながら、まおが嬉しそうに花火一つ一つの感想を言うのを聞きながら、遥の横顔を眺めて。たまに目があって微笑んでくれるのに微笑み返して、幸せな気持ちで夏の終わりを感じた。
家に帰ると母さんが帰ってきていて、浴衣姿の僕らの写真を撮ってくれた。その写真は何度も何度も見てしまうくらいに、まおは可愛いし遥は格好良かった。遥はきっと、僕の家を出てからの帰り道で声をかけられたに違いないけれど、そんな心配をするのも忘れるくらい写真に見入ってしまったし「はるちゃんイケメンだったね」と、母さんも同じことをしていて笑ってしまった。

「夏休み楽しかった?」

「うん」

「良かった」

「…来年は、バイトするね」

「りんちゃんがバイトかあ。もう大学生になるんだもんねぇ…」

高校生になってからもバイトはしたいと思っていた。でも今思えばしなくて良かったとも思う。それは遊べたからとか、勉強が出来たからとかではなく。もちろん、まおの事を考えても環境的にも出来なかったことを僻むわけでもなく。なんとなく、そう思えたのは家族や友達のおかげだろう。

「本屋さんとか薬局とか?」

「何が良いかな」

「りんちゃんにはたくさん我慢させちゃってるから、何でも好きなことして欲しいな、ままは」

「我慢なんて」

してない、だろうか。諦めたことはたくさんあるかもしれないけれど、それを後悔していることは今すぐには思い浮かばない。母さんは微笑みながら、どこか申し訳なさそうに、視線を落として携帯を見つめた。

「でもね、りんちゃんが大学に行って、このお家も出ていっちゃったら寂しいなって思ってる」

「出ていかないよ」

通える場所に行きたいと思った短大があって、だからここを出て独り暮らしをしたいとは思っていない。それは散々話してきたことだった。けれど母さんはそれを嬉しい、と言ってまた申し訳なさそうに目を細める。

「本当は、一人で自由に生活させたいとも思ってるけど、いつかは出ていくなら、まだ一緒にいたいなって。やっぱり寂しいし心配だし、ダメだって分かってるんだけどね」

「母さんが一人で生活しろって追い出しても、こっちに帰ってきそう」

「それでご飯とかまおと食べて、自分のアパート帰るんだ」

「そうなりそう」

「あはは、りんちゃんらしい」

それは確かに無駄だし時間も勿体ないから追い出さないと言って、母さんは今度こそ心からの笑いを溢してくれた。それでも、いつかは僕が出ていくと心構えをしているのだ…短大を卒業したら…と。まだ高校も卒業していないし、進学も決まったわけじゃないのに、そういう話ばかりが進んでしまう。その頃にも、遥は隣にいるんだろうか、とか。

もう何度も考えたそれを、僕はまだ言葉にはできないけれど。

「まおも、りんちゃんのこと大好きだからなあ」

「うざがられる日が来ると思うと辛い」

「あはは、そうだね」

母さんは僕と入れ違いでお風呂に行き、僕はもう眠りについたまおを起こさないよう静かに階段をあがって自分の部屋に入った。


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