「樹から聞いたの?」
「うん、電話で」
「電話したの?」
「学校で見かけたって…森嶋が言ってて、ちょっと気になったから」
高校最後の夏休みも残りあと四日。遥はもうお店には出ないらしく、朝から僕の家にやって来た。電話かメールで聞こうかとも思ったけれど、忙しそうにしているのにわざわざ聞くのもなと思い、会えることになっていた今日まであえて口にしなかったのだ。
「何で教えてくれなかったの?」
「教えなかった訳じゃないよ、俺から言ってもいいのか迷ってて…樹のお母さん体調崩して入院してるんだよ、今」
「えっ、」
「夏休み入ってすぐくらいかな?まあ、ちょうど休みだしそんなに大変なことじゃないって…でもお店の事もあるし、休み明けても学校行けなさそうなら休学?するかもって聞いてただけだよ」
「でも辞めるって」
「卒業まであとちょっとだし、辞めるのは勿体ないって話になってたらしいんだけど…この前俺も辞めるって聞いてびっくりした」
樹くんの家も母子家庭らしく、お店は今お休みにしている。けれどいつまでもそうしておくわけにはいかないし、金銭的にも大変だからだろうか…
「そうなんだ…全然知らなかった」
「樹言わないからね、そういう大事なこと。人の事ばっかりで」
辞めたら、残り半年分の単位を通信でとれば良いと言われてしまえばその通りで、働きながらそれが出来るなら同じ状況になった時僕も同じ選択をすると思う。
「…寂しくなるね」
「うーん、そうかな」
「寂しくないの?」
「いつでも会えるし、連絡もとれるし、そんなに」
そりゃあ一緒に卒業できないのは多少寂しいけれど、と付け足しながら広げたまま手付かずにしていた課題の最後のページに視線を落とした。一人でもきちんと進められていた遥の課題。僕はもう終わっていたけれど、その最後のページを一緒に覗き込んでいて。
「そっか」
「あーでも、りんちゃんが辞めるって言ったら寂しい。教室違うだけでも寂しいもん。樹は大丈夫だよ、その辺で会うし」
幼馴染みと言えるのかは分からないけれど、そういう友人関係って羨ましいなと素直に感じた。同時に、樹くんとの電話の最後が「また」だったのは社交辞令的なものじゃないと良いなと強く思った。
「りんちゃあーん、 テープ足りないよ」
「えっ、足りない?他にあったかな…」
遥の横で最後のページを仕上げていたまおは写真一枚を残して集中力が切れたのかこてんと遥の肩に頭を預けた。
「あー…新しいのないから、明日買ってくるね。それでもいい?」
「うん」
「まおちゃん、それ見てもいいー?」
「いいよ!」
可愛らしいピンクの大きめのノートには、丁寧な字で“おとはまお”と書かれている。それを遥へ差し出し、ぴたりと寄り添って座り直したまお。遥がページをめくる度これはこうだったと楽しそうに話す姿は、大きくなっても天使だ。
「あ、これ俺が貰ったクッキー」
「うん」
「美味しかったよ」
「えへへ。りんちゃんはー?どれがおいしかった?」
「んー?全部美味しかったよ」
「一番は?」
「一番?全部一番美味しかったけど…」
それは答えになってないなと考え直してみたけれど、どれが一番とは言えないくらい、本当に全部美味しかった。一つずつ点数でもつけてみれば一番が出るかもしれないけれど、どれも満点をつけたら意味がないから考えるのはやめた。そうだ、樹くんにもおすそわけすればよかった…たまに遥にあげるくらいで、ほとんど家族で食べてしまったから、夏は毎年少し痩せるくらいなのに、今年はむしろ体重が増え。
「あ、そういえば樹、今日花火のとこで的屋やるって言ってたからどっかにいるかも」
「えっ」
「なんか夏休みの間は結構的屋であっちこっち行くって…バイトで」
ああ、だから「働きすぎじゃん」と溢していたのか…確かに、いくつ掛け持ちしているかは分からないけれど、二つや三つじゃないなら大変なことだ。いくら休みだと言っても昼間は学校に来ていたし…しかもお母さんが入院しているとなれば面会にも行くだろう。
「樹って声大きいし口悪いしすぐ手出るけど、意外としっかりしてるんだよ」
ぼんやりと考えていた僕に、それを察したようなことをぼそりと呟いた遥はノートを眺めながら続けた。
「頭悪いけど普通に高校入れたし、グループに居たのも俺の事心配してたからだし…まあでも、抜けるときはさすがに樹もキツかったと思うから、悪いことしたなって思うけど」
遥はちゃんと、樹くんの事を見ている。
樹くんが勝手に目が離せないからと世話を焼いていただけだと言ったとしても、遥がそれを鬱陶しいと感じていたとしても、根底にあるものをきちんと分かっているんだ。普段絶対に言わないことを口にして、でもやっぱり少しばつの悪い顔をして、まおに別の話を振った。夏休みはいつまでとか、今日は何色の浴衣着るのとか、なかなか流暢に子供の相手をする様は見慣れたけれど、なんというかイケメンと子供ってずるいな、という感覚は拭えない。
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