今どこら辺なんだろう、と思ったもののまた電話するほどでもないかと閉じたそれをテーブルに置く。遥に、母さんたちは渋滞に巻き込まれているらしいと告げると「雨もすごいし心配だね」と眉を下げられた。そういう不安な顔をされると、こちらまで余計に不安になってしまう。
「鞄、部屋置いてくるね」
「うん、っ、」
「、すごい光った、うわっ、」
光ってすぐに音がなり、僅かに家まで揺れ、近くに落ちたんじゃないかと不安になる。「ちょっと待てて」と階段に足をかけると、遥がぴたりと後ろにくっついてきた。
「い、一緒にいく」
「すぐ降りてくるよ」
「うん、でも」
「…じゃあ、行こう」
「うん」
怖い、というほどではないけれど嫌いなのだろう。洗濯物を出して軽くなった鞄を持つ手とは逆の手で遥の手を掴み、狭い階段を上った。その間もピカピカと光るのが電気をつけていない家の中ではよく分かり、その度に遥の指がピクリと揺れる。
「大丈夫だよ、怖くないって」
「男前…」
遥に言われてもなあ…あんまり響かないと一人口元を緩め、自分の部屋に入る。今朝出ていったままの部屋は、そういえば最後に遥が入ったのって…と思い出し緩んだ口元がきゅっと絞まった。
「り、」
「……」
「やっぱり怖いの?」
「遥、」
「ん?」
振り返った遥はん?と首を小さく傾げ、下心丸出しなのは僕だけで恥ずかしくなった。けれど、また少しの間会えないのだと思うと、今日このまま帰ってしまうのかと寂しくなるしまだ触れていたいと欲張りにもなる。
「…泊まってく?」
「へっ、あ、え?」
「いや、雨、こんなだし…遅くなるかなって…ごめん、無理、だったら─」
「無理じゃない、無理じゃないよ、電話しとけば、平気…!」
幸いにも、今日は海に行くからと着替えを余分に用意していて切るものには困らなかった。シャワーも浴びてきたからお風呂も軽く済ませることが出来た。遥と二人きりで過ごす夜は、修学旅行以来だろうかと思い出したのは、まだやまない雨を背に布団に入ったときだった。とくんとくんと心地よい心音は、けれど修学旅行の夜より本当に二人きりなんだという緊張も混じっている。
母さんにもう一度電話をして遥が泊まることになったと伝えたら僕一人より心強いね、と笑って言われた。まおがいつまでも僕の妹でそれは大きくなっても変わらないのと同じように、僕はいつまでも母さんの子供なのだと妙に実感した。いつまでも心配なのだ。遥のおじいちゃんたちも、明日の朝きちんと帰ってくるなら良いよと承諾してくれたらしい。
「雨、やまないね」
「朝にはやんでるよ」
「まおちゃんたちもまだ帰ってこないけど、大丈夫かな」
「さっき、高速降りれたって」
「そっか」
ベッドに二人は狭そうだからと、お客さん用の布団をベッドの下に一組だけ敷いた。僅かな段差から遥の声が途絶え、寝返りをうって暗闇に浮かぶ白い膨らみを見下ろすと、気配を感じたのか遥ももぞりと動いたのが分かった。
「寝れない?」
「んー…」
「クーラー、温度下げる?」
「ううん、平気」
「じゃあ─」
「りんちゃん、手、繋ぎたい」
ゆらり、浮かんだ遥の腕。それに触れると、温かい指がするりと僕を撫でて絡まった。その指先からドキドキが伝わってきて、たぶん、僕のも伝わっていて、これじゃ余計に寝られない気がする。
「遥」
「うん?」
「そっち、いっても、い…?」
返事はなかった。その代わり、繋いだ手を緩く引かれて僕はベッドから布団へ降りた。
「背中痛くない?」
「痛くないよ」
「皮捲れても剥いちゃ駄目だよ」
「うん」
布団に潜り込むと、遥がヘらりと笑ったのが空気で伝わった。自然と、抱き締められた体がぴたりと寄り添い顔が近づく。もう光ることはないものの、まだ雷の音は時おり聞こえてくる。
「去年、俺、お盆に二日間会えなかったの、めちゃくちゃ寂しかったんだよ」
「なに、突然」
「んー?なんか、明日の朝ばいばいするの変な感じだなって考えてたら思い出した。でもそのあと花火一緒に行けたの、嬉しかった」
「…今年は、」
行けるかな、と喋りながらゆっくりゆっくり遥の唇が僕の唇に触れた。キスというより、手を繋ぐような感覚だった。指と指が触れあって、自然と絡まるような。本当に、とても自然な流れで重なった唇は呼吸をするみたいに何度か触れては離れ、その隙間で僕はまだ話を続けていた。遥も、それに返事をしてくれていた。次第にキスの音が長くなり、お互いの手がお互いの背中を抱く。
「明日、朝ご飯食べてく?」
「ううん、帰ってから、食べる」
「分かった」
鼻先が擦れ、少しのくすぐったさに息が漏れた。
「くすぐったい」
「ね、へへ、幸せ」
自分の鼓動は遥に聞こえているだろうか。とてもうるさくて、なのに苦しいより心地いい。その感覚が遥の鼓動と混ざりあって、ゆっくりゆっくり二つの心音が一つに重なっていく気がした。そのまま再びキスを繰り返し、溶けそうな体をキツく抱きしめあった。意識が遠のくころ、母さんたちが帰ってきた音が聞こえ、起き上がろうとしたけれどそれは叶わないまま僕らは眠りについた。
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