「もしもしりんちゃーん?」

「あ、まお?母さんは運転中?」

「うん」

「そっか、じゃあ、夜ご飯どうするか聞いてくれる?うちで食べるかどうか」

「うん、ままー夜ご飯うちで食べるー?」

「そうだな〜りんちゃんたちは?」

母さんの返事はまおからの伝言がなくともしっかり聞こえていて「僕らはもう帰るよ」と伝える。

「そっか〜じゃありんちゃんたちの方が早そうだね。ままたちまだ寄り道してるの」

じゃあ、僕らは食べてから帰るねと決めて電話を切った。ご機嫌な声のまおには珍しく、あっさり電話を切られて少し寂しくなったのは内緒だ。たぶん、そろそろ眠くなっているんだろうと勝手に決め込み、出てきた遥に食べて帰ろうと提案した。

「まお、あんまり喋らなかったけど眠かったかな」

「あはは、そうだね、プールのときも寝てたしね」

ガシガシと拭きっぱなしにされた短い金髪が光を細かく反射させて、緩やかに笑う遥が余計に眩しくなる。ああ、そうだ、そういえばここで思い出したんだ。遥のこと。その金髪に手を伸ばすと、目を細めて少し僕の方に頭を傾けてくれた。「ん」と。

「去年は、」

「うん?」

「何でもない。何食べようね」

「え〜なにー?」

何でもない。
去年はここで遥の事を思い出したんだよとか、この場所は特別だよとか、思い出すことが増えたのが嬉しい、なんて。ふて腐れたように膨らんだ頬を指で軽くつつき、鞄をしっかりと持ち直した。結局、最寄りの駅に着いてから遥がお好み焼きが食べたいと言うから、そういえば近くにお店があったなと思って二人で鉄板焼のお店に行った。

「あ」

「うわっ、」

「樹くん!」

「うわってなんだよ、こっちのセリフだわ」

お店に入ると頭にバンダナを巻いてエプロンをした樹くんがいた。えっ、と思わず漏らした声は見事にハモり、遥はやっぱりやめようなんて言い出した。けれど樹くんがてきぱきとテーブルに案内してくれ、これまたてきぱきと注文をとってしまった。

「樹くん、バイトかな」

「知らない、聞いたことなかった」

家の花屋さんを手伝う、というのは聞いたけれどなと思っていたら、本人がサービスだと言いながら冷えたお茶を持ってきてくれた。

「樹くん、バイト?」

「んー、助っ人?みたいな」

「ふーん、働きすぎじゃん」

「なに、心配してくれてんの?らしくねー」

「してない。もーはやくあっち行って〜」

テーブルに鉄板があり、自分で焼くスタイルのお好み焼きだった。久しぶりに食べたそれはすごく美味しくて、遥も自分で焼くのは初めてだと言いながら歪な形でも大喜びで食べていた。帰り際、僕がトイレから戻ると遥は樹くんと話をしていて、なんとなく声をかけずらくて遠目で見ていたら樹くんと目が合った。

「おら、食ったんだからさっさと帰れ」

「痛い!言われなくても帰るし。ごちそうさま!」

「おーおー、じゃあな!」

妙にエプロンが似合う樹くんにまたね、と手を振ると「ちゃんと顔冷やした方がいいぞ」と笑われた。やっぱり樹くんは微妙にお節介で、遥の事を見ていただけあってちょっと世話を焼きたがりだと思う。ありがとうと返してお店を出ると、ちょうどいつもの夜ご飯くらいの時間だった。このまま遥は自分の家に帰るだろうかと横を見ると、「あ、りんちゃんの家に家の鍵忘れたかも」と溢した。

「えっ」

「朝、ポケットに携帯と入れてて…りんちゃんの家で出した気がする…え、もしかして落としたのかな」

うーんと考えながら、けれど行きの電車の中では確かにポケットに鍵は入っていなかったような、と僕を見た。

「りんちゃんちまで、一緒に行くね」

「僕は良いけど、帰るの遅くならない?」

「あはは、大丈夫だよ」

男子高校生の帰宅時間の感覚が僕にはわからないけれど、遥は何も言わないで暗くなった道で僕の手をとった。じめじめした空気に、雨が降りそうだから急ごうと少し歩を早めて帰宅した。母さんたちはまだ帰ってきておらず、鍵を開けて中に入るとソファーの上にそれは置き去りにされていた。

「良かった、あった〜」

探すというほど時間もかからず鍵を握った遥に、雨が降りそうだから傘貸すよと、玄関に戻るのと同時にゴロゴロと怪しい音が響きだした。

「遥、雷鳴り出したかも」

「えっ!」

「うわっ、雨も降ってきた」

夕立、というには時間が遅い。なんてそんな余裕を口にする間もなく、雨は急に雨足を早めてすごい音をたてた。

「たぶんすぐやむから、それまで待った方がいいね」

「ごめん、俺が鍵忘れたから」

「いいよそんなの。でもテレビとかつけない方がいいかな?」

一瞬光り、ゴロゴロと唸る、それを繰り返しながら雨は地面を叩きつけ、一気に雨の臭いが玄関から家の中に入り込んでくる。一日留守にしていた締め切られた家の中は少しだけ涼しかったけれど、すぐに慣れて暑さを感じた。

「りんちゃーん、携帯鳴ってる」

「だれー?」

「お母さん」

「へっ、え、なんだろ…」

冷蔵庫から保冷剤を出し、遥が差し出してくれた携帯をとる。こんな時間に電話…嫌だな、変な内容じゃないよね、と少しだけ緊張しながら通話ボタンを押す。

「もしもし」

「あ、もしもしりんちゃん?」

「うん、どうかした?」

聞こえてきた母さんの声は普段通りで、無意識に安堵の息が漏れた。

「もうお家?」

「うん」

「ままたち高速で渋滞に引っ掛かっちゃって、帰るの遅くなりそうなんだけど…雨、降ってる?」

「今降ってきた」

「濡れなかった?」

「うん、平気」

「そっか、よかった〜はるちゃんは?」

「うちにいるよ。雨やんでから帰った方が良さそうだから、ちょっと待ってる」

「そうした方がよさそう…すごい雷の音聞こえる」

「うん、僕らは大丈夫だから母さんたちも気を付けてね」

「ありがとう。りんちゃんも一人じゃないから心強いね」

生憎、雷に怯えるほど可愛くない僕は、どちらかと言えば遥の方が怖がっているんだけど、と心の中で返して電話を切った。


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