緩やかな渋滞に巻き込まれながら、それでも無事に到着したひまわり畑は、もう遠くからでもその一面の黄色が輝いているのが分かった。
「すごーい!」
車で三時間半、そこそこ遠かったものの普段あまり話せない分まおはずっと喋り続けており、退屈することもなく車は駐車場にとまった。ルームミラーには昨日作ったてるてる坊主がぶらさがっており、ゆらゆらと揺れながら太陽を誘導するみたいにどこまで進んでも晴れ空だった。
車を降りて駆け出した先には、可愛らしい平屋の案内所みたいな建物がある。特に入場料などはないけれど、ひまわり畑の周りには模擬店や小さなふれあい広場みたいなのがあるらしく、そのパンフレットを貰うことが出来た。ひまわりの大迷路に、スタンプラリー式のクイズで景品がもらえたり、ポニーに触れたり写真コンテストへの応募。まおは麦わら帽子を揺らして母親を見上げ、汗ばんだ手でその手を掴んだ。兄とは違う、少し小さな柔らかい手。とりあえずお腹がすいたからと、模擬店でひまわりをテーマにしたランチを食べた。そのあとひまわりの迷路へ入り、中でもらえたスタンプラリーの用紙を胸に抱き、クイズの答えを記入しながら進んだ。
「まま、」
「なに?あ、分かんない?」
「ううん」
「ん?」
くん、と僅かに下に引かれた手に気づき、まおへと視線を移すけれど、帽子のつばで顔は見えない。
「りんちゃん、楽しいかな」
「楽しんでると良いね」
「……」
「なに、どうしたの?」
まおよりも背の高いひまわりは、まおの目線からではよく見えないかもしれない。こういうとき、だっこをしてもらったり肩車をしてもらったり、そういうことを、幼心に羨ましいと思うのだろうか。そんな疑問も、しゃがみこんで合わせた視線に揉み消される。
頼り無さげな言葉とは裏腹に、しっかりと見つめ返す瞳に曇りはなく。
「はるちゃんが家族になったら、もっと楽しいね」
以前、遥がこぼした“お兄ちゃんとしてのりんちゃんはとらない”という言葉。それはダイレクトに、まおの心に響いていたのかもしれない。言葉通り兄としての凛太郎を奪いたいわけではなく、“音羽凛太郎”という一人の男の子が欲しいというその意味を、徐々に理解出来始めていてもおかしくない。
「そうだね。まおも、嬉しい?」
「嬉しい!」
「じゃあ、みんな一緒だね」
「うん!」
「スタンプ全部集めてクイズも出来たら、アイスクリームの券が貰えるから、続き頑張ろう」
「わーい!」
ひまわりをイメージした黄色のソフトクリームはほんのり酸っぱいレモン味で、それでも汗をかいて渇いた体にはしみるような美味しさだった。それから、ポニーとふれあえる広場にいき、模擬店でお土産を買った。その頃にはもういつも通りのまおに戻っていた。
───…
「凛ちゃん背中真っ赤」
「え、やっぱり?痛い」
「だからちゃんと日焼け止め塗らないとって言ったのに」
「上着着てれば大丈夫かなって」
「入るとき脱いでるし、体乾くまで着てないから意味ない!」
喉が渇いたからと遥が買ってきたペットボトルのお茶で、コロコロと背中を冷やしてもらいながらたくさんの人で賑わうビーチを眺めた。
砂の熱さが尋常じゃなく、ビーチサンダルもあまり意味がないくらいだったけれど少しずつそれにも慣れてきた。お昼は混み始める前に海の家でカレーを食べ、しばらく海を堪能し帰りのラッシュに被らないようにそろそろ着替えるかという話になる。
遥は相変わらず声を掛けられてばかりで、なんだか感心してしまうくらいイケメンってすごいなとしみじみと思った。そのイケメンが、「一緒に来てる子居るんで」と無愛想に突っぱねるのもちょっと可笑しくて、嬉しくて、僕は終始口が緩んでいたに違いない。
「写真もたくさん撮ったし、カレー美味しかったし、海綺麗でシーグラスも少しあったし、今年も楽しかったな〜」
「もう何回も聞いたよ」
「何回言っても足りないの」
遥も鼻の頭を赤くして、頬も少しじわりと熱を帯びている。僕の背中より自分の鼻を先に冷やした方がよかった気がするなと、レジャーシートをたたみながら思ったけれどもう遅い。汗をかいたペットボトルは中身がぬるくなっていて常温に近い。
「今日、帰ったらうちでご飯食べる?食べて帰る?」
「どっちがいいかな、買い物して帰ったら荷物一杯になっちゃう?」
「そうだなあ…」
明日から二日間家を空けるし、いつも通りの買い物はしていない。けれど食べて帰るにしても、この辺りじゃ海水浴帰りの人たちでどこも混んでいるだろう。今日は夜ご飯を食べて帰る、と伝えてあるらくどうしようかとコインシャワーに順番に入る。時期的にも忙しいらしく、おじいちゃんたちはお店に出ているから遥の申し出についてはあっさりオッケーが出たらしい。母さんたちが家で食べるというならみんなで食べてもいいしな、と遥とシャワーを交代してから思い付いて電話を掛けた。
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