白く細い足首はくるぶしが真っ赤に腫れて、痛々しくて目を背けたくなった。

「先生すぐ来るって、今外で怪我した奴みてるから待っててって」

「分かった、でも氷嚢くらい使って良いよね、大分腫れちゃってるし…」

四試合目を終え与えられた休憩時間。体育館の軒下に設置された給水所でスポーツドリンクを貰うその背後で、少しざわついてるのが聞こえて振り返ると水谷さんが床に倒れていた。同時に、「大丈夫?」と声をかけながらも誰も助けようとしない光景が目に入ったのだ。そのまま無視するわけにもいかず、谷口くんと一緒に保健室まで肩を支えてきたのが数分前。

「あの、自分でやれます」

「いーよ、女の子なんだから黙って甘えたら」

「谷口くん、」

「それは流石に痛そうだし」

水谷さんのことはやっぱり良く思っていないのか、谷口くんは手伝ってくれたけれど良い顔はしない。僕は苦笑いを溢し、用意されていた氷嚢に氷を入れて水谷さんへ手渡した。彼女は黙って受けとると、項垂れるように頭を下げて自分の足へそれを押し付けた。それにしても、「大丈夫ー?」と遠巻きに言うだけで駆け寄らないクラスの子…胸がチクリと痛んだのはきっと事実で、谷口くんがあとできっと僕のことを「お人好し」と言って呆れるのも想像がつく。

「俺ちょっと体育館でタイマー見てくるわ」

「うん、ありがとう」

休憩時間はそんなに長くない。この時間で遥のところへ行こうかなと思っていた僕としては残念だったけれど、それを目の前の水谷さんのせいにはしたくない。それでもどこからか伝わってしまったようで「すいません」と小さく呟かれた。

「え?」

「……志乃先輩の応援…」

「あ、ああ、気にしないで。それを言ったら水谷さんもでしょ」

「……」

柔らかそうな髪が開けた窓から吹き込む風に揺れ、ふとバザーでも顔を合わせたなと思い出した。それを聞こうかと口を開くと、それより先に水谷さんが「あの」と声を発した。

「うん?」

「……」

「えっ、具合悪い?」

「、大丈夫です」

気まずそうに落とされた視線にこっちまで気まずさを感じ、何を話そうとしたのか忘れてしまった。代わりに、パッと思い付いたのはなんとも残酷な質問だった。

「そういえば、水谷さん、遥のどこが…」

「はい?」

「あ…ごめん、無神経なこと…」

「……わたしに、それ聞くんですか」

余計に気まずくなってしまった。まおの話をしようか…と悩む僕に、水谷さんはあっさりと「顔です」と答えた。

「、へ?」

「志乃先輩の、好きなところ」

「ああ…顔」

「ひきました?」

「ひかないよ。僕も格好良いと思うし」

「…馬鹿だって言われるかもしれないけど、王子様みたいだと思ったんです。絵本から出てきた」

王子様、そんなことくらい、僕だって思っている。けれど、男友達がそれに肯定的な意見を口にするのは如何なものかと、小さく笑ってごまかした。水谷さんは俯いていて気付いていないようだったけど、僕の視線が気になったのか、ふっと上げられた目に捕まってしまった。

「一目惚れです」

「、そっか」

「……でも、もう、諦めたいです」

「えっ」

「他の女の子に志乃先輩とられちゃうのだけは嫌だと思ったし、付き合ってる人いても奪っちゃえば良いって、本気で思ってたんですけど、でも、なんか…幸せそうだったんで」

「幸せそうって」

「たぶん、恋人、と一緒にいるの見て、思いました」

じっと僕をみる目に、何とも言えない感情が見え隠れしている。目を逸らしたくても出来なくて、声もでなくて、ただ心臓がばくばくとうるさくなっていく。知られてしまったのだろうか、と。

「勝てる相手だったらいいのにって、思ってたんです。先輩達が言うような出来た人なんて居ないし、居たとしてもそんなの胡散臭いって。だから」

「あー、ごめんね!お待たせ!あっ、冷やしてくれたの?」

水谷さんの声を突然遮ったのは養護教諭の声だった。窓の向こうからこちらを見て話しかけ、すぐ行くからと靴を履き替える音がバタバタと響いた。

「だから、でも、そういう人が、いたから。もう諦めたいなって」

わたしにそれを聞くのか、とは僕が遥の“付き合っている人”だと気付いたから、そんな人がその恋人に思いを寄せる相手にどこが好きか聞くのかと、そういう意味だったんだろうか。

「バザーも、映画も。バレーの練習も、なんか、わたしが好きになった王子様は、その人の為の王子様にしか見えなくなっちゃって、嫌だなって。あと、本当の王子様って困ってるときに助けてくれたりしてくれる、お─」

「お待たせお待たせ!うわー、腫れちゃってるね、湿布貼ってテーピングしようか」

「あの、そんなに痛くはないんですけど」

「ダメダメ、女の子の足なんだから。今日はもう見学にした方がいいわ」

「…はい」

「音羽くんもありがとうね、そこで谷口くん待ってるから一緒に戻って」

「えっ、あ、分かりました。水谷さん、お大事に」

「…ありがとうございました」

保健室を出ると渡り廊下へ続くドアに凭れる谷口くんがいて、「そろそろ終わるよ」といつものトーンで声をかけてくれた。話、聞こえていたんだろうか…一瞬そんなことを考えたけれど、別に疚しい内容ではなかったし、気にすることもないかとグランドへ視線を移す。

「音羽さ」

「ん?」

「あの子が言ってたこと」

「っ、やっぱり、聞こえてた?」

「ごめん、盗み聞きとかするつもりじゃなかったんだけど、入りづらくて待ってたら…」

「はは、気にしなくて良いのに」

「音羽のことだから修羅場にはならないと思ってたけど」

「ならないよ。水谷さん、悪い子じゃないし」

「…そういうとこ、音羽のダメなとこ」

「え?」

言葉と裏腹に、谷口くんはにこりと笑ってグラウンドに向かって手を振った。

「でも、良いとこ、だよな」

「えっ何?」

「志乃ー、ボールそっちいってるぞー」

あ、と思ってグラウンドへ視線を戻すと、軽やかに走る金髪が見えた。谷口くんの言いたかったことを聞き返す時間はなくて、体育館に入るとすでに次の試合が始まっていた。



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