「こんにちは!」

「こんにちは」

始めて会ったたまちゃんは、ショートカットの似合う活発そうな子だった。お母さんも良く似た雰囲気で、けれど電話同様優しい声色でにこにこしていた。

「兄の凜太郎です。いつもまおがたまちゃんと仲良くさせてもらってるみたいで」

「いえいえこちらこそ」

まおが班の子と合流する場所から歩いて10分ほどのところ、住宅街から出てきた二人の姿にまおが大きく手を振った。毎朝二人を見ているまおからしてみれば、こうやって会うことはなんてことないのかもしれない。僕にとっては一大事なのだけど。

「連休にすみません、今日はお願いします」

家は直進して三軒目。五時に迎えに来ると伝えてもう一度頭を下げる横で、たまちゃんは遥を見上げてにこにこしている。

「まめたみたい!」

「え」

「ま…」

「あっ、ごめんなさい、うちで飼ってるゴールデンレトリバーのことです。たま、お兄さんに失礼よ」

「でも似てる」

犬を飼っているらしい、という話はまおから聞いていた。そのわんこに会うのも楽しみにしていたし…なるほど、怖がられるどころか飼い犬に似ているときゃっきゃするくらいなら問題ない。
遥もそんな失礼な発言にむしろ安心して「迎えに来たとき会わせてね」なんて腰を屈めて微笑んだ。

「はるちゃんはりんちゃんの友達で、今日は映画に行くんだって!」

ご機嫌なまおたまコンビを両手に、たまちゃんままは楽しんできてねと言ってくれた。うちの母さんからしたら“まま友”なんてほんの数人なんだろうけど、その一人一人とこうやって繋がっているならそれもいいものかもしれない。

「じゃあ、よろしくお願いします」

「はい」

そんなことを考えているのが可笑しくてニヤニヤしていたら、まおとたまちゃんに手を振ってから目的地へ着くまで遥に心配されてしまった。
映画館の雰囲気に、映画なんていつぶりだろう…まおをつれてアニメやヒーローものを見に来たことはあるけれど、あれは時間が短くて館内もわりと賑やかで、映画をみたという感覚はあんまりしなかった。それを嫌だとは思わないけれど。でも、家族以外の人と二人きりで映画とは、やっぱり違う。
映画に行こうかと提案したのは僕で、それから何が何時からやっているのかを調べ、その中から見る映画を選んだのは遥。特別これが見たいという希望があったわけではなく、せっかく休みだしデートみたいなものができたらなと、そう思っていた僕は二つ返事で頷きそれに決めた。笑いあり涙ありの家族の映画だった。
連休ということもあってか、ショッピングモールに併設された映画館は混雑していて券を買うのも一苦労だった。

「はー、すごい人だね」

「ゴールデンウィークのせいかな」

「でもりんちゃんとお出掛けできて良かったな〜」

映画館の座席に座り、ようやく座れたとくたりとしながら言う遥は並びに並んで買ったオレンジジュースをごくごくと喉をならして飲んだ。少し余裕を持って来て良かった。
久しぶりにスクリーンで見た映画は、宣伝のポスターに書かれていた文字通りでたくさん笑って最後は感動して泣いてしまった。
暗い中スクリーンの光がやんわりと照らす遥の横顔に視線を向けると、それに気付いて僕を見る。微笑むから恥ずかしくなって視線を逸らすというのを何度か繰り返し、四回目くらいで手を握られた。その手は明るくなってからやんわりと解かれ、遥は空になったジュースのコップを手に取った。

「面白かった」と言いながら映画館を出ると、ちょうどまおを迎えに行くのにいい時間になっていた。相変わらず映画館もショッピングモールもすごい人だった。
きっと、何人かは知ってる子がいただろうなと、ふと思ったけれどこの中じゃ見かけても気づけないし、気づいたとしても声を掛けるのはなかなか大変そうだ。遥がまおと母さんにこれ買っていくと手にしたのは、映画館のキャラクターが描かれたクッキーの詰め合わせで、それを二人で折半して買ってから家路についた。

「まおちゃん楽しんでるかな」

「しばらくはたまちゃんの話でもちきりかもね」

「あ〜、ずっと休みだったらいいのに」

「珍しいね、遥がそんなこと言うの」

「んー、だって教室にりんちゃんいないの、やっぱり寂しいし。俺ね、三年になってクラス離れたら嫌だなって思ってたけど、早いうちから考えてると嫌な時間が長くなるかなって、あんまり考えないようにしてて」

そういえばみんなでカラオケに行った時にも言っていたな…谷口くんが志乃っぽいと笑っていた気がする。けれど遥は、今思うとそれも間違ってたかもと、眉を下げた。

「もう去年みたいにずっと一緒にいられることないんだなって、もっと祈っとくべきだったかなーって。すごい寂しくなった」

「……」

「体育祭も文化祭も…あと、休み明けの球技大会?も、りんちゃんと一緒に練習できないのやだし、谷口くんとか副会長が一緒に居るの見ると羨ましくなるし」

「…うん」

「でもそれ言い出したら一年生の時もとか、あと、まおちゃんも羨ましい。卒業したらもっと会えなくなるからどうしようとか…」

「…」

「りんちゃん?えっどうかした?具合悪い?」

足を止めた僕に、遥は両肩を掴んで顔を覗き込んできた。あ、と思ったときにはもう遅く、「真っ赤」と、小さな声で呟かれてしまった。そりゃあ、恥ずかしくもなる。逆にこんなに恥ずかしいことをさらっと言えてしまうくせに、キス一つで真っ赤になってしまう遥の方が変だ。

「…明日」

「明日?」

「球技大会の練習、しようかな…」

「えっ!」

「グローブ持ってないからキャッチボールとかソフトの練習は出来ないけど、ソフトバレーのボールならあるから」

「する!しよう!」

「遥の練習にはならないけど」

「いいよそんなの!りんちゃんと出来るなら何でもいい」

じゃあ明日、確か天気は良いはずだからまおも連れて公園へ行こう。遥と出会って二度目のゴールデンウィークは、とても充実したものになった。バザーに映画に球技大会の練習。練習は谷口くんと宏太くんも来てくれてみんなでやった。母さんがお休みの日には家族三人で出掛けた。その日は遥もおじいちゃんの手伝いがあるからと、顔を合わせることはなかったけれど僕には充分すぎるくらい幸せな連休だった。


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