そんなまおの話を意外にも、志乃は嫌な顔ひとつしないで相槌をうったり褒めたりしながら聞いていた。子供の扱いに慣れているんだろうか、ただ子供が好きなんだろうか、どちらにしても意外で、そして、なんだか嬉しい。
「はい、まおーそろそろ歩こっか」
「はーい」
普段はすぐに下ろしているのに、今日は忘れてたなと気づきまおをおろしてやるとすかさず小さな手に小指と薬指を取られ、きゅっと握り込まれた。
「はるちゃんも」
えへへ、なんて笑いながら志乃の小指を掴み、見上げて笑ったまお。その可愛さといったらもう、言葉じゃ言い表せない。
「うん」
終始上機嫌だったまおは、家についてからやっと志乃の手を離した。
「…ぁ、志乃、上がってく?」
真っ先に手を洗いに家の中へ消えた背中を見送ってから志乃を振り返れば。彼は少し悩んでから「ううん、帰るよ」と答えた。何となく、本当に何となく、残念だと感じている自分がいて驚いた。
「そ、っか」
「ん」
喜んで上がっていくと思っていた。し、もしかしたら晩ごはんも食べていきたがるかも、なんて思っていたから余計に。そして、それが期待に終わってしまって残念がる自分の気持ちも、わからなくて。
「……」
「明日」
「ん、?」
「明日、遊びに来てもいーい?」
何も言えないで、玄関で突っ立ったままの僕に、志乃は顔を覗き込むようにして問うた。
「え、」
「フリマ、一緒に行きたい」
「あ、うん。まおも、喜ぶと思う」
「じゃあ、お昼前くらいに、来るね」
へらり、というよりはふわり、という感じに微笑んだ志乃は、そっと僕を抱き寄せて「また明日」と耳元で呟いた。それから、一昨日同様頬に軽いキスを残して、去っていった。それなのに僕は、手洗いとうがいを済ませたまおが僕を呼ぶまでそこから動けないでいた。
とくん、とくんと、いつもとかわりなく動く心臓。なのに、その中にはなんだか、知らないものが生まれたような気がしてならなかった。
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