「っ、わ、…樹くん」

「あれ、音羽?」

「ごめん、気付かなかった」

「あー、大丈夫だけど、なに、一年の教室に用でもあったのか」

「うーん、そんな感じ」

「……はーん、あれか」

手こずりながら教室の中へ消えた姿を寸前で見つけた樹くんが顔を歪めた。あの髪の毛で水谷さんということが分かったらしい。

「遥教室で待ってんのに。バレたら泣きつかれるぞ」

「そういうんじゃないよ」

「音羽がそうでも遥に伝わらないかも」

それは言えてるかもと眉を下げると、樹くんは教室に戻ろうと僕を促した。何か用事があって四階に来たんじゃないのかと問うと、急ぎじゃないから音羽と戻るわと言ってくれた。同じ中学の後輩に少し話があったらしい。

「ありがとう、でも大丈夫だよ?」

「一人で戻って遅かったって心配されたら、音羽喋りそうだし。黙ってた方がいいこともあるんだからな」

「あはは、そうだね」

「自覚してないって、また怒られるぞ」

一歩前を行く樹くんの背中にもう一度お礼を落とすと、赤い髪が一瞬揺れて「お節介もほどほどにしとけ」と返ってきた。それは樹くんもなのになと、緩む口元をそのままに隣に並んだ。
教室に戻ると樹くんの言葉通り拗ねたような顔をした遥に迎え入れられ、「樹と一緒だったの」と嫌な顔をされた。別に隠したい訳じゃないし、聞かれればきちんと言うけれど…わざわざ言って嫌な思いさせるのも気分は良くないか、と水谷さんのことは言わないでおいた。たぶん、彼女が根っからの“嫌な女の子”じゃないと気づいてしまったことを隠しておきたったのも、ほんの少しあったと思う。

「一緒に戻ってきただけだって」

「もー樹うるさーい」

「お前も大概うるせーよ」

「りんちゃんあんまり樹とくっつかないでよ、樹の匂いつくから」

「犬かよ」

「はいはいもう静かにしてよ」

言い合う二人にうるさいと言えてしまう谷口くんに少々驚きつつ、でもそう言えば谷口くんは最初から志乃に普通に話しかけていたし…その辺は肝が据わっているのかもしれない。まあ、遥も樹くんもこの一年で随分と柔らかくなったし。最初の頃の樹くん、本当に怖かったからなあ。
そういえば、本当にちょうど一年前、だ。
ゴールデンウィーク中にいろいろあって、休み明けに、そう、遥がぼろぼろになってて…あのときの樹くんはザ・不良って感じだった。まあ、中身は変わってないから、見た目で判断してた部分が大半、と言うわけだ。なんて一人全然違うことを考える僕の横、谷口くんが「そういえば、志乃たち球技大会何出んの?」と話題を変えてくれた。

「ソフト」

「大橋も?」

「まあ、一応」

「りんは?何にしたの?」

「へっ、あ、僕はバレー」

「えっ!?体育館とグラウンドじゃ顔も見れないよ!俺変えてもらう」

「馬鹿言ってんな」

「痛い!樹がバレーにしてれば変われたのにな〜」

「いや変わってやらねえから」

意地悪と肩を押された樹くんは眉を寄せて遥の手を振り払った。男子はソフトとバレー、女子はテニスかバレー。簡単に言えば体育館とグラウンドに分けて、効率良く行事を進めるための選択肢だ。

「球技大会なんて去年までなかったよな」

「今年から行事に加わったんだよ」

「うおっ、会長」

驚きすぎな谷口くんに笑いを溢した森嶋は、五限が自習になったから黒板に書いておくねと僕に告げた。去年までなかったそれがどんな風に進むのか良くわからない。それでも僕も遥のソフト応援したいなとか、そんなことを一瞬考えた。

「あ、そうなの?今先生のとこいってきたばっかりだけど、何も言われなかったよ」

「奥さんが産気付いたんだって」

「あっ、そうなんだ!」

「まじか、でもそろそろって言ってたもんな〜」
じゃあ明日の朝のショートはその話で終わるな〜と谷口くんは嬉しそうに天井を仰いだ。
もうすぐにゴールデンウィークで、明ければ球技大会。森嶋は球技大会よろしくねと最後にもう一度微笑んで、黒板に自習の旨を書き揃えた。その数分後に昼休みを終えるチャイムが響き、バレーにすればよかったとごねる遥を樹くんが引き摺りながら出ていった。去り際に応援いくから、とそっと告げると形の良い目が少しだけ機嫌を直したみたいに輝いた。
そのあと五限の自習は谷口くんと英語の予習をして、球技大会にむけてチームになったクラスメイトと少し話をした。




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