休み明け、遥の髪型はあっという間に話題になり遥の思惑とは裏腹にギャラリーは増えることになった。その中には同級生もいたし恐らく二年生も混ざっていた。

「遥さ、まじ逆効果じゃん。目立ちすぎ」

と、さらりと言った樹くんはめちゃくちゃ遥に睨まれていたけれど、自分でもそう思っているから尚更ムカついたんだろう。

「これで黒染めとかしたらそれはそれで目立つからしばらくはやめといた方が良さそうだな」

「うるさい。分かってるよ!でもいいもん。りんちゃん似合うって言ってくれたし」

「あっそ、音羽も大変だな」

「あはは、」

奇跡的に被った選択科目は週に一コマの書道だけだった。あとは同じ選択でも一組〜三組と、四組〜六組で分けるという方針で、教室が被る、と言うことはなかった。

「大橋〜静かに」

唯一被ったこの授業も、問題があるとしたら書道室が一年生の教室がある階だということ。ギャラリーはまあ黙認したとして、怖いのはあの子だ、水谷さん。全然怯んでなかったし…あれからなにもない日が続いていてなんだかそれはそれで怖い気がしていた。そんなことを心配してもキリがないと分かっていたから目を背けているけれど。
ただ、自分の心境として変わったのはクラスが同じだったら…と最初より考えなくなった事だ。遥も、最初こそうじうじしていたけれど今ではそれも少なくなったし。慣れた、というよりは納得したんだと思う。自分の為に選んだ事だ、たかがクラスが離れるくらい、なんだ、と。まあそのたかがクラスが高校生の僕らにとっては大きいのも事実なわけで。

『キーンコーン…』

週に一度しかない時間が終わり、書道室を出るといつの間に集まったのかすでに遥を見るために女子生徒が廊下や教室のドアに屯していた。


「うわ、すげーな」

「行こ」

樹くんと三人で…と言っても僕は二人の後ろを一歩下がって…階段へ向かい、降りようとしたところで声をかけられた。

「志乃先輩」と、あの強気な声に。

「髪、切ったんですね。似合います。金曜日でしたっけ?わたし見かけたんですよ、志乃先輩が美容院から出てくるとこ」

「……」

「もしかしてわたし、一番最初に見ちゃったかなって嬉しかったんです」

それは、最初にたまたま見かけただけじゃねえのと、ぽそりと呟いた樹くんの声は彼女には届いていなかった。確かにそれが正しいけど、そっか、と少し落胆している自分もいた。仕方がないことでも。

「志乃先輩、本当はいないですよね、彼女」

「あのさ、」

「良いんですけどね、別に。居ても居なくてもその噂があれば助かるってことは事実なんでしょうし。それに、この前言われたみたいな完璧な人、絶対居ないですもん。あれは言い過ぎですよね」

あれ、とは谷口くんの発言のことだろうか。と、気付いたときにはもう樹くんの背中に押されて僕は水谷さんの姿が見えなくなっていた。

「猿かよ。ぎゃーぎゃーうるせぇな」

「、何ですか」

「遥の付き合ってるやつ、知らねーくせにうるせぇって言ってんの。黙れば」

流石に谷口くんより人相が怖い所為か、水谷さんが戸惑いの色を声に含ませたのが分かった。そして同時に、また自分は庇われたんだと、理解した。そしてすぐに樹くんが、行くぞと手を引いた。そのまま階段を降りると、ぴったりくっついて遥も降りてきた。なにも言わないのが逆に怒ってそうで怖い、という予感は的中して途中で今度は遥に腕を引かれて足を止めた。

「なに、」

「樹、先いっててよ。俺トイレいってくる」

「音羽も?」

「りんも。ほら、いこ」

「あ、うん」

これは結構怖い。そう思いながら素直についていくと、いつかみたいに個室に押し込まれてあっという間に壁に縫い付けられてしまった。ただ、前と違うのは普通に生徒の出入りがあるトイレで、しかも今が休み時間ということ。運良く今は誰もいないけど、いつ誰が来てもおかしくない。

「あの、遥…」

「りんちゃん、分かったでしょ」

「へ?」

「みんなりんちゃんを庇うの、何でか」

「それは、遥に─」

「りんちゃんが良い子だってみんな知ってるから。みんなりんのこと大事に思ってるから、ああやって言うの」

「…ちょっと待って、怒ってるの、そこ?」

「他に何があるの?」

いや、あるよ。水谷さんの懲りない態度とか、頭に来る口調とか、頭ごなしに決めつけるところとか、色々。

「あー、美容院のこと?でも俺全然知らないし、りんちゃんが一番なのは本当だよ?」

「いやそこでもなくて」

「……」

「はるか、?」

「だから俺よりりんちゃんの方が心配なの。分かって。みんなしてああやって言ってくれるのは嬉しいけど、りんちゃんのそういうところ、俺以外知らなくて良かったの」

お願い、と抱き締められてしまえばもう口答えはできない。心底理不尽だとも思うけど、抱き締め返したら愛しさの方が大きくなって素直に一度だけ頷いた。
そこで何人かがトイレに入ってきて、僕らは息を潜めるように動きを止めた。声を出さなきゃバレはしない。なのに、遥はやわやわと唇を僕のほっぺに押し付けてきた。音が出そうで抵抗出来ないのを悟ったように、それはゆっくり唇に重ねられる。

「っ、」

しっとりとした感触に反射的に目を閉じ、押し潰し合うようなキスを受け入れる。こんなの見つかったら、せっかく谷口くんたちに庇ってもらったのに無駄になりはしないかと少し心配したものの、すぐに頭の隅に追いやられてしまった。人の気配がなくなったのを察知して、遥が舌を入れてきたのだ。

「はる、」

「好きだよ、りんちゃん」

「、」

きっと、遥にしてみれば水谷さんや周りの人なんて全然気にもしてないんだ。だから平然としていられて、僕の心配をするんだ。つまりそれは、遥の全部が僕に向いているということだって、そう気付いたらやっぱりまあいいかとなってしまうのだ。



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