遥が教室に入るのを見届けてからほんの数分、金髪頭の男前は宣言通り僕のクラスへやってきた。
「りんちゃん」
「あ、志乃。おはよう早いね」
「……おは、よ」
嫌々挨拶を返した遥に苦笑いをこぼし、「一緒に来てるから」と代弁すると、遥より少し先に声をかけたくれた森嶋が眼鏡を外してレンズを拭いた。
「相変わらず仲が良いね」
「そうだよ、だから副会長ちょっかい出さないで」
「遥、」
「あはは、さすがに出さないよ。安心して」
眼鏡をかけ直した森嶋は、黒板の上にある時計に視線を移して、「生徒会いってくるね」と律儀に告げて教室を出ていった。そういえば今日は部活紹介とかいろいろオリエンテーションみたいなのを、全校生徒集まってするんだっけ。部活に入ってない僕にはあまり関係のない事だけど、生徒会はいろいろ準備があるんだろうなと、森嶋の出ていったドアを見つめて思った。
「りんちゃん」
「、ん?」
「お昼、来ても良い?」
それ、聞くんだ、可愛いなと思ったことは伏せて、「いいよ」とだけ返した。僕がそっちにいこうかとも考えていたけど。
「あ、そうだ、あのね、」
「何?」
「髪の毛」
「髪?」
「うん、黒くして切ろうかなって思うんだけど、どうかな」
「へ?あ、うん、いいんじゃない?」
「ほんとに?」
「ほんとに」
突然何を言い出すのかと思ったのは一瞬で、もしかして遥も樹くんの髪型を見て良いなと感じたのかもしれない。色は変わらず赤いものの、全体的に短くなりスッキリした印象になったその髪型は、キリッとした顔つきの樹くんによく似合っている。と、昨日僕も思ったのだ。まあでも正直なところ、遥なら何をしても似合う気がする。
「良いと思うよ。今の色も、好きだけど」
去年の夏休みに黒く染めたのを思いだし、そういえばあの時も同じことを言ったかもしれないなと気づく。どっちも普通に似合っているんだけど、こんなに綺麗なはちみつ色になるなら、これはこれで本当に良いと思うし、遥って感じがする。ただ、校則のある学校でそれが許されるか、という問題は避けられないけれど。こうして三年生になるまでなんとか逃れてこられたのは事実で、このタイミングで黒髪短髪の志乃遥、に若干の違和感は生まれるかもしれない。みんな怖くて口出ししてなかったけど、学校としては黒くしてくれるのは大歓迎だと思うけれど。
「…じゃあ、色はこのままにしとく」
「遥がしたいと思ったなら、染めればいいんじゃない?」
「んーん、どうせ卒業式までにはするんだし、今はこのままで良い。切るだけにする」
もちろん、地毛が金髪なわけじゃないから、これを維持するにも染める必要があるんだけど。
「そう、じゃあ切ってくるの楽しみにしてる」
「うん」
へらりと笑った遥は、そのままショートが始まるギリギリまで一組の教室にいた。一限がオリエンテーションだったから、体育館でまた少し顔を見れたのだけど。
その日の昼休み、遥は宣言通りお弁当を片手ににこにことやってきた。ギャラリーを引き連れて。
思わず「え、」と声を漏らした僕と谷口くんの声が被り、等の本人は不思議そうに僕らの視線を辿って後ろを振り返った。
「何?
「いや、何じゃないよ志乃くん」
「え、俺何にもしてないよ」
「勝手に付いてきただけ、って?さすが志乃だわ」
肩をすくめた谷口くんを横目に、遥は特に気にした様子もなくお弁当を広げた。遥が引き連れてきた、というか、勝手に付いてきたらしいギャラリーは、明らかに一年生の女の子だ。黄色い声をあげながら教室の中をチラチラと覗いている。
三年の教室に来るってなかなか勇気がいると思うんだけど、これだけいればどうってことないのかな…でも、クラスの女子や廊下を通りがかった同級生たちは結構な形相をしていた。
「早めに付き合ってる人いるって公言しといたら」
「そうしたいけど、誰に?俺話もしたくないんだけど」
「あ、そうですか。まあすぐ年上の彼女がいるって耳にはいるだろうけどな〜」
ニヤニヤしながら言う谷口くんに「僕もそう思う」と同意すると、遥は面白くなさそうに口を尖らせた。実際、こんなことになれば嫌でも先輩からそういう話を聞かされて、それでもそれとこれとは話が別、みたいになるんだろうか。見てるだけで満足、的な。本当に王子様みたいだから、見た目は。
「そのうち飽きるでしょ」
なんて、そんな遥の言葉は見事に打ち砕かれ、二週間が過ぎても昼休みのギャラリーは相変わらずだった。場所を変えようかと言う案も出たけど、逆にここを出てついてこられたら、もっと近づいてくるんじゃないかという懸念に却下された。
「てかあの中に一人くらい俺目当ての子とかいないかな」
「聞いてきたら?」
「やめてよほんとに。辛いから」
段々、人数は減っている気はするけど視線は相変わらず。遥に付き合っている人がいるという話は案の定すぐに広がった。それでも目の保養に来るんだからすごいとしか言いようがない。
「あ、今日美容院いってくる」
「え、染めんの?」
「ううん、切るだけ。なかなか予約とれなくてやっと」
そうか、ついに…切ると宣言してから少し時間が経っていて、忘れかけていたけれど切りたがっていたことを思い出す。明日は土曜日だし、きっと僕が一番に見られんだと思ったら、不純にも口元が緩んでしまった。けれど、それを引き締めるかのようにクラスメイトの声が届いた。
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