授業をさぼってしまった形だったけど、そのおかげで特に何も言われないまま学校を出られた。そう、なぜか一緒に、だけど。

「あの、志乃?」

「一緒にまおちゃん迎えに行ってもい?」

「ああ、うん」

まおは大喜びするだろうし、その光景には僕も嬉しくなる。ただ、そこに至るまでにはまずこの痛いくらい突き刺さる視線を抜けていかなくてはならない。志乃は全く気にしていないようだけど…僕みたいな平凡な男が隣を歩くことに、抵抗はないんだろうかと、ふと疑問に思った。まあ思ったところで今さらなんだけど…
そうだ、そもそもどうして志乃は僕に構うんだろう。身近にいない人種だったから、そんな、興味本意で近くにいるだけなんだろうか。

「りん?どうしたの?気分悪い?」

「、ううん…なんでもない」

「そ?じゃあ、行こう」

志乃に腕を引かれ、半ば強引に校門を潜らされ学校を後にした。
僕の手首を掴んでいた志乃の大きな手は、いつしかするりと降下して掌同士を合わせた。そのままゆっくりと指を絡めとられ、思わずその顔を見上げてしまった。

「ん?」

ん?じゃない。
でも、こんなの変だと言いたいのに、声が出なくて。太陽の光を浴びて綺麗な金髪が揺れるのを、無言で見つめるしか出来なかった。何より、繋いだ手の温度や感触が、なんだか気持ち良くて、ああ、話したくないなと、思ってしまった。

「行こう」

ゆるりと上がった口角がやたら色っぽくて、もう意味が分からないくらい顔が熱くなった。
志乃はそんな僕の都合なんてお構いなしに歩き進め、朝まおと別れた保育園の前で足を止めた。本当はスーパーに寄りたかったけど、まあ今日はいいかと諦めつつ玄関を眺めた。
幼稚園とは違うため、園児や保護者の足取りはバラバラ。そんな中、見慣れたお母さんや子供何人かに手を振られ、丁寧に振り返す。もう体に染み付いている行為だ。

『おとはまおちゃん、お迎えです』

という放送が園庭にかけられ、それからすぐに可愛い妹が玄関から駆け出てきた。

「りんちゃーん!」

ぱたぱたと走って寄ってくる愛しい姿。
受け止めようと志乃の手から逃れ、腕を広げて心地いい衝突を受け止めた。

「おかえり」

「ただいま!」

ぎゅーっと、首に回された短い腕に力が込められる。そのまままおを抱き上げ、遅れて駆け寄ってきた朝ぶりのひろみ先生に頭を下げた。

「すいません、凜太郎くん、これ、お知らせなんですけど目を通してもらえますか」

ひろみ先生はそう言うと、手にしていたプリントを僕に差し出した。

「“フリーマーケット”ですか」

「そうなの、明日から連休でしょう?そのうちの二日間駅前の広場でフリーマーケットをやるんだけど、うちからも出展があるの。良かったらまおちゃんと、遊びに来てね」

そういえば去年も同じようなプリントを、このゴールデンウィーク目前でもらったような気がする。行くつもりだったけれど、まおが風邪を引いてしまっていけなかった、町内の行事みたいなものだ。

「はい、伺いますね」

「わーい、楽しみだねえ」

「そうだね」

「あ、良かったら、お友だちも…」

ひろみ先生はほんのりと頬を赤くして、僕の隣に立つ志乃に視線を移した。絶世の美形が目の前にいるのだ、まあその気持ちはわかるのだけど。あからさまに“女性”の表情になってしまった保育士さんに、少し不安になる。

「はるちゃんも!?行く?」

「まおちゃんがいいなら、行こうかな」

「はるちゃんも!一緒行く!」

ああ、ここにもいたんだった。
“女”の顔になってしまう、可愛い可愛い妹が。

「じゃあ、失礼しますね。ありがとうございました」

「はーい、気を付けて帰ってくださいね。バイバイまおちゃん」

「ばいばい」

僕に抱っこされたまま、まおはひろみ先生に手を振った。同時に、歩き出した僕に合わせて志乃も歩き出していた。慣れない三人での帰り道、まおはきゃっきゃといつも以上に高いテンションで今日一日の話をしてくれた。



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