「あっ!いる!!けど、え、明日休みなの?」

「水曜休みって何回言えば覚えんだよ!」

「え、今日火曜日?」

「曜日くらいちゃんと把握しとけ」

「だって休みだとなんか感覚が…」

「あーもう、どうでもいいから、今日取りに来れんの?無理なら明日でもいいけど、俺朝しか無理だからな」

遥の声が大きいからか、樹くんの声もだだ漏れだ。内容はよく分からないけど、聞き取れてしまう言葉の一つ一つ。なんのことかな、という顔をしていたのか、不意に目があった遥に「ちょっと待っててね」と、軽く微笑まれた。こういうところ、天然タラシだと思うんだけどなあ…でも他でやらないから、そういうことでもないのだろうか。なんて、全然関係ないことを考えてしまった。

「今日作ってもらっても枯れない?」

「枯れねーよ」

「じゃあ今日とりにいく。あとで」

「分かった、何時くらい?用意しとく」

「六時とかいーい?」

「はいはい了解。じゃああとで。あ、自分の携帯ちゃんと出ろよ」

「はいはーい、じゃああとで」

「あ、おい、お前へ─」

まだ何か喋ろうとしていた樹くんを無理矢理制して通話を終わらせた遥は、僕に携帯を返しなが「明日何か予定ある?」と、少し不安げな顔で問うてきた。

「明日?別に、なにも…」

「まおちゃんは保育園?」

「あー、明日卒園式だから、午前中だけ」

「りんちゃんも行く?」

「母さんが行くから行かないけど、母さん終わったらそのまま仕事出るから迎えには行くよ」

「じゃ、じゃあ…明日、午前、少し時間もらってもいい?」

「え、うん、大丈夫、だけど」

「まおちゃんの迎えの時間までには、戻れる、から」

それと今の電話と、関係があるのだろうか。
首をかしげてみても答えは返ってこなくて、遥は「朝迎えに来るね」と微笑んだ。とりあえず母さんとまおを送っていくから、家につく頃に合わせて来てくれるらしい。三人でまおを送るなんて一年に一度くらいのことで、それを楽しみだねと笑ってくれる遥に胸がきゅっとした。

「楽しみ、」

明日のことについては何となく、遥も曖昧にしている気がして僕から詳しく聞くことはできなかった。それから母さんとまおが帰ってくるまで、僕らは買い物に行って、ホットプレートを用意して二人でパンケーキを焼いて食べた。遥の手際の良さには毎回驚かされるのだけど、密やかに料理を練習している、というのも知っている。夜に交わす少しのメールや電話で遥が話してくれるのだ。恐らく、もう三年生への進級が決まったから僅かな余裕が生まれたんだろう。

「生地多かったね」

「焼いて冷凍するよ。そしたらまおのおやつにも出来るし」

「じゃあ全部焼いちゃうね」

「うん、あ、そこの─」

「あっ、りんちゃんシロップ、」

「えっ」

「服の袖…あー、付いちゃった」

慌てて腕を掴まれたけれど間に合わず、シャツの袖口と手首にねっとりとシロップが付いてしまっていた。

「うわ、ごめん、遥付いてない?」

「俺は大丈夫」

蜂蜜色の、けれど蜂蜜よりも甘いそれ。洗おうと遥の手を解こうとするけれど出来なくて。僕があっと声を漏らすより先に、手首についたシロップは遥の舌に舐めとられた。

「遥っ、」

「あまーい」

「あ、たりまえ…もう、洗うから離して」

「むー」

やっぱり、天然タラシだ。
指先を切ったとか、ちょっと火傷したとか、遥の前でしてしまったら躊躇いもなく口に含まれるのだろう。なんて考えてしまう自分が恥ずかしくて熱くなった顔を隠しながら軽く袖を拭いてから捲り、手を洗った。

「なんかちょっと傷ついた」

「え、何が?」

「俺が舐めたとこ洗われた」

「違うよ、後からネチネチになったら嫌だから」

「……」

そんなやりとりをしているうちに、小さな馬のぬいぐるみを持ったまおと母さんが帰って来た。それと入れ違う様に遥は出ていき、去り際にもう一度明日のことを口にした。まおたちのいない今日のことは思い出すと恥ずかしさと少しの罪悪感で胸がドキドキした。おかげでなかなか寝付けなくて、文句のひとつでも言っておけば良かったかなと微睡み始めた頃に思うのだった。



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