「テストお疲れ〜というか一年お疲れ〜、だな」

三月の終わり、無事テストを終えて春休みを迎えた。遥は赤点を二つとったものの、順位は前よりも更に上がり、赤点も再試で解消した。去年のような地獄絵図にならなくて良かったと、樹くんも心底安心したように笑ってくれた。
修了式だった今日、谷口くんに誘われて遥と高坂くんと三崎さんと五人でカラオケに来た。友達とカラオケなんて初めてで、まずお店の入り方も分からなかった僕はそれでもわくわくしていて。

「乾杯乾杯」

「グラス揺れしすぎ、溢れるぞ」

「いいじゃん今日くらい。三年になったらクラスどうなるか分かんないし。高坂就職組だっけ?」

「んー、一応」

「ほら、もうその時点でクラス違うわ」

平日学生割というよく分からない割引で半額でついてきたドリンクバー。それぞれ飲み物を注いだコップで乾杯しながら嘆いた谷口くんに、そうだな、今日で今までのクラスが終わったのかと、急に実感した。
クラス替え、というのは僕にとって一大イベント、でなかったのは離れがたいと思うクラスメイトがほとんどいなかったからだろう。でも去年は森嶋と仲良くなれて、また同じクラスだといいな、と思ったことも同時に思い出した。

「志乃も寂しいっしょ、音羽と離れるの」

「え?離れないよ、たぶん」

「えっ、志乃進学組?」

「んーん、違うけど」

「なんだそれ〜なんか裏で手まわしてんの?」

「ううん、俺卒業することが目標だから」

「は?」

「進路の前に卒業できなきゃ意味ないから」

これはあんまり聞かないパターンと思ったのはその場にいた全員だろう。でも、確かに、とも思う。とにかく高校卒業、という目標を持って高校受験をして今ここにいるって話を聞いたから納得もできる。でもそれを理解できないみんなは、ポカンとした様子で遥を見つめていた。
とにかく卒業するのが目標なの、ともう一度言い切った遥はそれ以上口を開かなかった。
そのあとは料理人になる為におじいちゃんのお店で働かせてもらう、という明確な進路までは話さず、遥はこっそり僕の方を見て唇に人差し指を当てた。知られたくない、というわけではなさそうだけど、僕から言う必要もないというわけか。

「でもさ、クラス離れたらどうすんの?寂しいんじゃねえの?」

「……」

「そこまで考えてないか」

「考えたくない。だって考えて落ち込んで本当に離れたらもっと落ち込むし。だったら最初から考えずに楽しく過ごして、離れたときに落ち込むだけにする」

「なにそれポジティブなのネガティブなのどっち」

「なにそれどっちでもない」

「谷口進学希望なの?」

「そうなんだよね〜」

「お前大学行って何すんだよ」

「何って、勉強?」

「する気ないだろ」

とりあえず進学する、って子は多い。反対にあの仕事がしたいから、といって大学を目指す子は少ない。谷口くんも前者の一人だろうという目で高坂くんは興味無さげにコーラをすすった。 もうこの話落ち込むからやめようという雰囲気になったのはそのすぐあとで、僕らは夕方までの時間カラオケを楽しんだ。流行りの曲や盛り上がる曲はあまりわからなかったけど、それでも楽しかった。今度はまおも連れてきてあげたいなと思ったのを遥に読まれ、「今度はまおちゃんと三人で来ようね」と微笑まれてしまった。

「俺まともにカラオケ来たの初めてだったかも」

「え、そうなの?」

よく見かけるチェーンのカラオケ店舗の看板をくぐり、まおを迎えに行く途中。遥が不意に呟いたのは意外な言葉だった。意外、というのも失礼な話かもしれないけど、わりとああいうところでたむろしたりしているイメージがあったから。そもそもまともに、というのもよく分からないけれど。

「父さんに反抗してたときとかはさ、先輩の免許書借りたりしてカラオケとか漫喫とかで夜過ごすことあったけど…あと、大人数で集まったりするときとか。そういうときって別に皆歌わないし俺も歌わなかったから」

「そうなんだ」

「だから楽しかったな〜」

「僕も」

ヘラりと笑う遥に頷き、あまり実感のない春休みの始まりに肩をすくめた。けれど明日から三週間近く休みなのかと思うと、少し、胸が躍る。

「ね、りんちゃん」

「ん?」

「春休みさ、どこか行けたらいいね」

「え、うん。そうだね」

「まおちゃんもお休みになる?一緒に行けるかな〜」

「あ、」

そうか、まおにとってはお休み、ではなくてもう卒園、になる。四月になったら小学生になるんだ。思わず足が止まり、このお迎えの道も卒園式までの残り一週間ほどなのか、としみじみと思った。

「どうかした?」

「ううん、保育園の送り迎えもあと少しなんだなって。小学生になったら帰りは別々だし…」

赤いランドセルを買ってきた日、それを背負うまおを見て大きくなったなあと思った。まだランドセルが大きく見えるけれど、それでもそう思った。

「小学生かあ…」

「……心配だなあ」

「まおちゃんなら大丈夫だよ、明るくて元気だし、友達もすぐできるよ」

「どうしよう、彼氏とか紹介されたら」

「えっ、今どきの小学生って付き合うとかあるの?」

「知らない。けど、まお可愛いし…まおにその気がなくても相手の子が…」

「心配しすぎ」

からからと笑う遥に他人事だと思ってと、唇を尖らせてしまった。そりゃ自分が小学生のときと今じゃいろんな事が違うし、なくはないと思うのは当然で。そういうのも心配だし、誘拐されるんじゃないかという心配もある。まお可愛いし。ああでもしっかりしてるから大丈夫かな…

「まおちゃんは楽しみにしてるんじゃないの?」

「え?」

「小学校」

「あー、うん、あんまりよくは分かってないんだろうけど、楽しみにはしてる」

「じゃあ大丈夫だよ」

「……そう、なんだけど…」

まおが小学生…きっと、今までより肩身の狭い思いをする。何気無い友達との会話のなかで、学校行事の度に。自分の進路より、まおとあとどれだけ一緒にいられるかということの方が、今の僕には重要な気さえするほどだ。

「りんちゃん、今すごいシスコンなこと考えてる?」

「……」

「もー、りんってば」

こういうことを考えるとどうしても大袈裟な思考に至るのはいつもの事で、遥もそれを分かっているから気が楽なんだけど。不意にむぎゅっと頬っぺたを軽くつままれて、一気に現実に戻った。

「いひゃい」

「こっち見て」

「見てる」

「そうじゃない〜」

むすっとした顔も男前で腹立たしい。お返しに同じことをしてみたけれど、何をしても男前は男前ですぐに手を離した。道端で男子高校生がすることじゃないと気付いたのは、まさにその瞬間で。すごい恥ずかしいことしたなと、半ば無理矢理遥の手を剥がして保育園へ足を進めた。


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