ベタベタとくっついてくるのが嫌だったわけじゃないけど、少し離れてと言ったこともある。そんなに近くにいて、それが当たり前になりすぎていて、何となくこの微妙な距離が寂しい。遥が大人びていくのが、寂しい…のか。なんとなく、だけど、遥のお父さんのことが頭を過った。あのとき感じた寂しさみたいなものと似ている気がして。そこまで大袈裟な話じゃないことは分かっているけれど。
人気のない廊下をゆっくりゆっくり歩くと、少しずつ遥との間に距離が生まれた。他愛もない話を続けながらも遥は僕が追い付くのを待つようにスピードを落としてくれた。それに変な安心をしているのがおかしかった。

「音羽ー、いるか?」

「音羽くん、先生呼んでるよー」

「あ、牧村先生。なんですか」

昼休みがあと十分で終わるという頃、生物の教科担任に呼ばれた。次の授業でDVDを見るから機材を運んでほしいという内容で、こういうときだけ学級委員という単語を使うからずるい。そんなに嫌だとか面倒だとかは思わないけど、学級委員になった最初の頃はこういう理不尽な係だよなと、思っていたことを思い出した。

「はーい。視聴覚室からですか?」

「そうそう、出しといたから持ってきて」

先生も結構な荷物を持っていたから、たぶん一回じゃ無理だったんだろう。それを生徒に押し付けるのもどうかと思うけど、僕は教科書と筆記用具類を机から引っ張り出して席をたった。一応荷物取りに行きがてらそのまま生物室行ってるねと遥と高坂くんに告げて。
昼休みの賑やかな廊下を進み視聴覚室に入ると、確かに機材が出ていて、迷うことなくそれを抱えた。

「っ、おもい…」

生物室までには階段を二階分あがらなきゃならない。落とさないようにしなきゃと意気込み、なんとかそこを出た。けれどすぐに筆箱を落とし、一度すべて床に置くというロスタイム。どうやって持ったら良いだろうかとそれを見下ろしていたら聞き慣れた声が僕を呼んだ。

「音羽?何してんの」

「谷口くん…。次の生物、これ使うらしくて。頼まれたから取りに来たんだ」

「一人で?」

「うん」

「誰もついてこなかったの?」

「え?うん、僕が頼まれただけだよ」

「…そっか、手伝うよ。あ、その前に高坂に教科書とか持ってきてーってメールしとく!」

「あ、ありがとう」

「こんなの一人はきついでしょ、ちょっと待ってな」

慣れた手つきで文字を打ち、ものの数秒でそれはブレザーのポケットに滑り落ちた。職員室に用があるからとお昼を食べて早々に教室を出ていき、今終わって戻るところだったらしい。この時期ともなると、みんな職員室通いが多くなるのか。

「志乃、一緒に居なかったの?」

「へ?居たよ」

「えっ、なのに音羽についてこなかったの?」

「うん、勉強してたからね」

「いやいや、それ絶対音羽がいなくなったこと気づいてないって」

「声かけたよ?」

「聞こえてなかったんじゃないの?じゃなきゃあの志乃が音羽一人でどっかいくのほっとくわけないじゃん」

「あはは、そこまで過保護じゃないよ」

まあでも、職員室に行くだけでも心配していたことがあったか…

「過保護か〜んー、なんていうか、志乃って音羽と離れると人が変わるって感じだから、そんだけ音羽の事で一杯なんだなって思ってた」

「、いや、そんなことは…」

「あ、あとさ、自分めっちゃモテるくせにやたら音羽の事ばっかり心配しててちょっとムカつく」

「え、」

「だって、心配なのは音羽も一緒だろ?それに気づいてないのがムカつくっていうか…いや、言葉が悪いな、ほら…何て言ったらいいんだろうな〜」

「……何となく、わかる気がする」

「ほんと?良かった。ムカつくって嫌いとかって意味じゃないからな」

「うん、大丈夫分かってる。…でも」

「でも?」

「…あ、いや、前までそうだったのが今は違うっていうか…ほら、現に今居ない…ついてこなかったの?わけだし、冷めた…とか、あるかもしれないなって」

「はあ?」

「今は、勉強でいっぱいいっぱいなの分かってるし、余計なこと言ってその邪魔したくないから、聞けないけど」

「音羽それマジで言ってる?」

うわ、なんだか女の子達がしている恋バナみたいだ、なんて呑気なことを考えた僕とは違い、谷口くんは驚いたように目を見開いて足を止めた。




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