「くぁー、眠いなー」

「何、高坂余裕だね」

「うるせー」

「俺進級できんのかな、どうしよう学年末」

学年末のテストを来週に控え、情けなく呟いた谷口くんに言ってあげたい。「大丈夫」って。決して馬鹿にしているわけではなくて、進級が絶望的だった遥でもなんとか乗り切って進級できたのだから…そりゃ死に物狂いで勉強して周りを巻き込んだと事実はあるけれど。一年から二年と二年から三年では内容も違うだけれど…それでも胸を張って大丈夫だからと言いたい。進級出来ない可能性については遥のほうが懸心配だ。

「りんちゃん、俺今日りんちゃん送ったらすぐ帰るね」

「あ、え?」

「テスト勉強する」

「あ、そう…いや、それならまっすぐ帰った方が─」

「それはやだ!りんちゃんと一緒に帰る」

じゃなきゃ勉強頑張れないと、真顔で言うこの男前に大きなため息が漏れた。樹くんが今年は余裕そうで心の底から安心してると言っていたけど、こういうことをサラッと言ってしまうのはどうかと思う。

「勉強、一緒にしないの?」

「……」

「え、遥?」

「したいけど、でも、」

なに、と聞こうとしたのと遥の顔が近寄ってきたのは同時で、教室でお弁当を食べるだけにしては不自然なほど近くに来た顔は。やっぱり真顔で、けれど投げ掛けられた言葉は「ちゅーとかいろいろしたくなっちゃうもん」という、なんとも恥ずかしいものだった。

「も、もちろん勉強するよ?でもほら、頑張ったご褒美、的な…あー、でも、やっぱ嫌かも、そういうの関係なくしたいし…ああ、りんちゃん、今すぐちゅ─」

「教室だからっ、ね、静かにしよう」

たぶん、遥はずっとこうだったと思う。けど、それを自分が受け入れ始めているから余計にエスカレートしたような気がする。つまり、徐々に抵抗がなくなってきているのだ。もちろん、周囲の目を気にするな、と言うのは無理な話なんだけれど。だって僕は今でも変わらずドキドキしてしまうから。というのを、学年末前のこの忙しい時期に気付いて考えてしまうというのはよくない。
悶々とする気持ちで遥を覗き見すると、もうけろりとした顔でお弁当を食べ始めていた。僕もそれに続いて箸を伸ばし、今日の卵焼きはちょっとこんがりすぎたかなと、無理矢理別のことを考えることにした。
放課後、遥と谷口くんと三人で学校をでてまおを迎えに行った。ついでに康太も連れて帰るからと五人で僕の家へ歩いた。

「志乃、ほんとに帰るの?」

「うん」

「大丈夫?一人で」

「大丈夫だよ。男だし」

「いや、そうじゃなくて勉強」

「谷口くんに言われたくない」

「なんだよ、なんか高坂化してね?」

帰ると言ってしまったから意地を張っているのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。本当に一人で頑張るつもりなんだろう。じゃあまた明日と、帰っていった遥が見えなくなった頃、僕はやっと谷口くんがうちにいるという変な緊張を感じた。

「お邪魔します」

「どうぞ。ごめんね、康太くんが遊べるものないかもしれないけど…」

「いいよいいよ、俺も急だったし」

遥以外の友達がうちにいる…あ、でも樹くんも来たことあったか…四人分のお茶をいれて、まおと康太くんがリビングで仲良くテレビを見ながらきゃっきゃと笑い始めてくれたのを横目に、キッチンのテーブルで僕らは勉強道具を広げた。


「このプリントやっとけばいいんだよな、数学」
「うん、どこが分からないの?」

「んー…数式自体は暗記でなんとかなりそうだけど、どの問題にどの数式使うのとか」

数式覚えることはできるんだ、と少し関心したのはきっと、自分が遥のことを考えていたからだ。遥はまず数式って何?っていうところからだったから…だめだ、余計なことは考えない。

「僕も雰囲気で覚えてるだけだよ」

「まじか、それで出来るってやっぱ頭いいじゃん」

「いや、そんなことは…」

お互いにペンを進めながら、わからないところを教え、出来るところは自分でやる、というのを黙々と続けた。そろそろ帰ろうかと谷口くんが腰をあげたのは六時を回った頃だった。絶望的と言っていたけれど、結果的には全然手のかからない教え子だった。この調子で進級できない、なんて心配はないくらいに。


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