「いやー、すげーね、ほんとすっげーわ」

「もうやだ」

「志乃って甘いのだめだったっけ?」

「ううん、全然。でもあんなには無理」

「なにその贅沢な悩み。それで全部受け取らなかったわけ?」

「渡されたやつは。でも下駄箱と机とロッカーに入ってたのはそのままだし…どうしよう」

「そんなことだろうと思って、ほら、これあげる」

「……」

「エコバッグ。これやるから入れて帰れよ。鞄入んないだろ」

「……お節介」

うちの学校ってあんなに女の子いたんだーと、感心していた僕と高坂くんの横で遥は不貞腐れながら谷口くんにもらったエコバッグに机の中のチョコを入れた。

「つーかさ、去年はどうしたわけ?」

「……俺、それどころじゃなかったかも」

「え、なにそれ」

「進級できるか危なくて、冬休み明けからずっと課題やってて…テスト勉強して、気付いたら春休みだったし」

「あー…」

「でも学校は来てたと思うんだけどなー」

ああ、もしかして…まだ普通に怖かったから、とかだろうか。二年の始めの頃だってまだ不良扱いだったし、実際そういうグループにいたみたいだし…怪我だってしていたし。こんなに男前でも、そういう話があれば怖くてバレンタインどうこうではないのかもしれない。わからないけど。
それにしても、全くないということはないはずだ。

「あんまり覚えてない」

「それもすげーな。バレンタインって男にとって結構一大イベントじゃん?」

「谷口くんもたくさんもらったの?」

「聞くなよ。男前だからって」

「あ、これあげる」

「これで男前とか残酷すぎ」

「だってこんなに食べれないし」

「いいか、食べるか食べないかじゃないんだよ。もらえるかもらえないかなんだよ。バレンタインは当日だけじゃなくて、前日とかからみんなそわそわしてるわけ。で、今日もいつもよりちょっと早めに来たり、帰りもちょっとだらだらして帰るわけ」

「そんなに食べたいなら買えばいいのに」

「もうやだなにこの子」

「俺が変なのかなー」

「あ、好きな子からはもらったの?まだ?」

「え…」

「あれ、もしかしてもらってないの?」

それまで涼しい顔をしていた遥は急にむっと口を閉ざし、何かを考えるように宙を睨んだ。谷口くんのちょっとした抵抗に、遥は結構なダメージを受けているようだった。一応、僕も遥に渡したいと思って用意はした。昨日の夜、まおと簡単な生チョコを作ったし今日は帰ってからガトーショコラを焼く約束をしているし。それをあげようかな、くらいには考えていたのだのだけど…

「あれ、俺地雷踏んだ?」

「…」

結局遥はその日、休み時間の間ずっとというほどではなかったけれど、昼休みはほとんど戻ってこないまま一日は終わってしまった。放課後も早々に帰るつもりで昇降口を出たはずなのに、やっぱり数人に捕まってしまい僕は先に一人で学校を出た。まおのお迎えの時間を気にした遥が先に行っててと、泣きそうな顔で言うから。
その頃にはもう谷口くんにもらったエコバッグはぱんぱんで、相変わらず手渡しのものは受け取っていないようだったけど、それも結果的には下駄箱や鞄に無理矢理押し込まれていた。
文化祭や体育祭での人気とはまた違った、なんとも言えない微妙な気持ちを抱きつつ一人で歩きだす。けれどすぐに樹くんが声をかけてくれて、久しぶりにゆっくり言葉を交わした。

「すげーな遥のやつ」

「バレンタイン?」

「おー毎年もらってたけど…ここまでじゃなかった。まあ、渡すのもおそれ多いというか…普通に怖かっただろうし、ぐれてるときの。ああ、でも去年はそれじゃないのに大変だったな」

「課題?」

「その通り。もう冬休み明けからヤバイって話になって、溜め込んだ課題無理矢理やらせて…そうそう、バレンタインの日は確かあいつ風邪引いて、保健室で一日中課題やってたわ」

「え、遥が?」

「体調崩すだろうなとは思ってたけど、まさか普通に風邪ひいて、しかも休むわけにいかないからって学校て、もうそれだけで担任も感動して進級させてやるって言ってたけど」

そんなことがあったのか…全然知らなかった…いや、知らなくて当然と言えば当然なんだろうけど

「意地で一日乗り切ってたけどフラフラでさ、下駄箱とか机にあったチョコなんて全部掻き出してその場に落としたまま帰ったし」

「えっ」

「俺こんなの入れた覚えないしーって言いながら。まあ、ほんとにそれどころじゃないし、風邪もひいてたしだるかったせいもあると思うけど」

「……」

「だから今年のあれはいくらあいつでも疲れるだろうなー」

「だよね、僕も帰ったらまおとガトーショコラ焼くつもりだったんだけど、遥は要らないかな」

「いやいるだろ」

「でもたくさんもらってたし、置き去りにされてるのより手渡しの方が多いから、持って帰ってきそうだし」

「それとこれとは別だろ」

そうだといいけど…でも学校中チョコレートの匂いしてたし、そこに関しては僕も若干胸焼け気味なんだけど。

「あ、そうだ、樹くんあげる」

「は?」

「昨日板チョコ買いに行って、おやつ用にも買ったんだけど、おすそわけ」

「いやいいって、こんなとこ遥に見られたら俺殺されるし」

「あはは、大丈夫だよ。ほら、コンビニでも売ってるキノコ型の」

「形の問題じゃねえんだけど…」

「買ったはいいんだけど、なんかもうちょっと胸焼けしてて。だから、あげる」

これは本音だ。昨日生チョコを作るまでは久しぶりに食べたいと思って買ったそれ。けれどこれからガトーショコラを焼くという想像でもうすでに、美味しく食べれる気がしないのだ。

「んー、じゃあありがたく受け取っとくわ」

本当は昼休みにでもみんなで食べようかと思って持ってきたんだけど、思ったより僕までクラスの女の子からチョコをもらえてしまい、出せずじまいだったのだ。ちなみに、僕にくれた子達はクラス全員に配っていた。女の子ってすごい。

「じゃあ、俺こっちだから」

「あ、うん。また明日」

「気を付けて帰れよ」

「樹くんもね」

「ばいばい」と手を振ると軽く片手をあげて樹くんは足早に帰っていった。そのまま一人でまおを迎えにいくと、ひろみ先生が残念そうに眉を下げた。そう言えば一人でお迎えに来るのも、久しぶりかもしれないなと気づいたのは、その悲しそうな顔を久しぶりに見たからだった。



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