一月が終わり、二月も三分の一が過ぎると雪が降ることもなくなった。そして三年生が自由登校期間に入り、校内で先輩を見掛けることが減った。もっとも、先輩の知り合いがいるわけではない僕にとっては日常生活で変わったことはほとんどなかったけれど。ただ、来年の今ごろは自分ももうここには居ないのかと思うと、妙に寂しく感じたのだ。まだ一年ある。でももう一年しかない。そんな微妙な感覚。

「あれ、音羽おかえりー。もう話終わったの?」

「うん」

「早かったな」

「説教じゃなかったのかよ」

「あはは、少し進路の話してきただけだから」

「まじでそんだけか。なのに志乃の騒ぎ様は尋常じゃなかったな」

「ほんとだよー。職員室殴り込みに行く勢いだったからね」

呆れ声で話す谷口くんと高坂くんは、ちょうど食べ終わったお昼を片しているところだった。でもそこに等の本人はおらず、昼休み真っ最中の教室内を見渡したけれどやっぱりその姿はない。

「あ、志乃なら何か隣のクラスの女子に呼び出されて出てったよ。今さっき」

「そうなんだ」

確かに、食べかけのお弁当がそのまま机に置いてきぼりにされている。

「あ、戻ってきた」

「あ!!りんちゃん!!おかえり!」

「うん、え、ちょっ…」

「会いたかった〜」

「苦しい、苦しいから!う、ぇ…」

「離してやれよ。音羽死ぬって」

「うわあ、ごめんねりんちゃん」

平気と答えつつ正直相当苦しかった。でもいつものことだと返そうとしてやめる。慣れっていうのは恐い。ばくばくとうるさい心臓に静まれ静まれと言い聞かせ、まだだったお昼ご飯を食べることにした。

「で、なんだったの。告白?」

「んー、分かんない」

「はあ?何だそれ」

「だって連絡先渡されただけだし」

「告白みたいなもんじゃん」

「もう捨てちゃった」

「はあ?すげーな」

「だって付き合ってる人いるし。友達でもないのに、必要なくない?」

「……」

「まあそうか」

「志乃ってほんとぶれないよね」

「え?何が?」

「いや、好きな人一直線な感じが」

「普通じゃない?」

いつの間にか四人でお昼を食べるようになったのはすごくすごく嬉しいことなんだけど、こうなると僕一人だけ無言になるざるを得なくて辛い。谷口くんも分かってて話に参加するから意地悪だ。たまに目が合うと、口元を緩めたりして。僕一人が恥ずかしがっているのを楽しむみたいににやにやする。でも僕らの事を言いふらしたり、気色悪がったりしないで、普通に応援してくれることに、ひどく感謝はしていて。

「でもさ、勝負は明日だよ」

「なんで?」

「だって、明日って…いや、やっぱ内緒!明日になれば分かるって」

「なにそれ」

残りのお弁当をもぐもぐしながら椅子を引きずって僕の横に移動してきた遥を横目に、明日か、と僕も考えた。答えはすぐに浮かんだけれど、遥は本当に分かっていない様だったから黙っておくことにした。僕の細やかな抵抗。

「りんちゃん玉子焼き交換しよ」

「いいよ」

「わーい。りんちゃんの玉子焼き大好き」

「俺もいっこちょうだい」

「あ、ダメ!りんの分なくなっちゃう」

結局、明日が何なのかという答えを遥が導き出すことはないまま僕らは一日を終えた。そして翌日、この男前は登校するなりその日が何の日であるか思い出すことになる。

「うわあ!」

「っ、びっくりした、なに?」

「バレンタインだ」

「……」

「え、え、どうしよう、どうしたらいいのこれ」

下駄箱を開けたま途端雪崩のようにそこから飛び出てきたいくつもの箱や袋。バレンタイン特有の甘い匂いを纏ったそれは無残にも足元に落ちてしまった。まあたふたする志乃に、女の子たちがチャンスとばかりにパタパタと近寄ってきて、僕は何となく居心地が悪くて、こっそり下駄箱の隅に隠れて事の成り行きを見守ることにした。

「あの、志乃くん、良かったらこれ貰ってくれないかな」

「え?あー…」

「志乃くんのために作ったから」

「わたしも、もらって欲しい」

「あの、」

「あっ、志乃先輩!」

「きゃー、志乃先輩だ」

や、やばい。すごい。
僕らにとっていつも通りの登校は、たぶん他のみんなからしたら少し早めの時間だ。教室にはいつも決まった数人しかいないし、今日だって例外ではないはずなのに。ここまでの足止めを食らうとは思ってなかった。というか、下駄箱に入れた子は一体いつ入れたんだろう。というか、下駄箱に入れるってどうなんだろう…
というか、去年のバレンタインはどうだったのかなと、ふと思った頃には遥は完全に女の子に囲まれていた。その光景に、きっと遥に渡すために早く登校してきて待ち伏せていたのだろうなと、呑気なことを思った。

「あの、ごめん、俺…」

「受け取ってください」

「わたしのも」

朝からこの調子じゃ今日一日すごそうだなあ、なんて。

「ごめん、受け取れない。あと、俺甘いの食べれない、から」

「えっ!?」

「嘘、そうなんだあ…」

「どうしよう」

「じゃあ、行くね」

下駄箱に押し込まれていた、可愛らしく包装されたチョコレートをそのままに、遥は半ば強引にその群れを飛び出した。僕もその後を追ったけれど、またすぐに別の女の子たちに捕まって、教室までの数百メートルを進むのにかなり時間をかけることになった。
それはいつもギリギリに登校してくる高坂くんと同じタイミングで教室に入ることになるほどだった。



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