改めて見るとやっぱり痛々しい。黒髪に巻かれた包帯は片目を隠し、片頬にはガーゼが貼られていて。それでも幼さの残る口許や輪郭に、今より若いなと確かに思う。

「あっ、りんちゃん!」

「へ、」

「それあんまり見ないでよー」

ぷくっと頬を膨らませながら持ってきたコップをテーブルに置くと、慌てて後ろから僕の目元に手を翳した。その横には、同じように黒い髪の遥。その顔に傷は無く、眩しいくらいの男前で海を背景にして笑っている。

「いいじゃん、もう何度も見てるし」

「じゃありんちゃんのも見せて」

「はいはい今度ね」

「絶対!約束!」

もう一度はいはいと返せば、はいは一回でしょと軽くほっぺをつままれた。

「へへ、かわい」

「可愛くないから離して」

「…あのね、りんちゃん、ちょっと話してもいーい?」

「へ…?なに」

ずるっと、頬から手を離したかと思えばそのまま僕を抱き締め、ずずっと鼻をならした。え、と思って振り向こうとしたけれど、それより先に項垂れてきた金髪の頭に邪魔されてかなわず。

「俺、声震えてなかった?さっき、父さんと、話してたとき」

はあーと、と思いきり落とされた大きくて長いため息は震えていて、腰に巻き付いていた腕を撫でるとついに体が震え出してしまった。

「震えてなかったよ」

「ほんと?」

「本当」

病院に駆けつけたときも、あんな風に堂々としていたんだろうか。いや、電話の声はそんな感じじゃなかったから違ったかもしれない。どっちにしても、僕が知ることはないだろう。本人もそういう話はしないし、僕からも聞かない。遥のお父さんがこれからどうするんだろうとか、これからも二人の関係は変わらないのかなとか、気になるくらいには僕もお節介なのだけど。

「りんが居たからかな」と、少し嬉しそうに呟いた声がくすぐったくて肩を竦める。

「今日だけじゃないよ、いつもだよ。いつもりんが居てくれたから、俺、ちょっとは変われたのかなって」

「……うん」

「りんちゃんに会えて、りんちゃんを好きになって、本当に本当に良かった。りんが居なかったら、俺はなんにも変わってなかったと思うんだ」

そんなことはないさと、言いたかったけれど。それを言ったら自分も少し寂しいと感じる気がして飲み込んだ。僕と出会わなければ、他の誰かが僕の代わりになっていたかもしれない。そんなこと、もしとかたらとかで、簡単に返したくなかった。何より、絶対に嫌だなと、思ったのだ。今この腕のなかにいるのが自分じゃなかったとして、僕は遥を好きになっていなかったとして、じゃあその時の僕は今のこの幸せを、知らないだなんて。
そんなことを考えてしまったなんて、本人には言えないけれど。

「すごいね、」

「、なにが?」

「りんちゃんが」

「?」

「俺本当に頑張るね」

抽象的なその言葉の意味を、僕が理解するのはきっとまだ先の話だ。

「なんか、力、抜けたかも…」

「へ、うわっ、」

小刻みに肩を揺らしながら突然その場に膝をついてしまった遥は、今度は僕の腰に顔を埋めてずるずると鼻をならした。怖かった、勇気を出した、泣きたかった、それが一気に溢れてしまったのかしばらくその状態だった。時おり漏れてくる嗚咽が苦しそうで、なんとか体を反転させてお腹に遥の顔を抱き込み、背中をさすってあげた。
こういうところは変わってなくても、大きく成長したことはちゃんと分かった。それを僕が居たからと言われてしまえば、僕にとってこれ以上嬉しいことはなくて。だから、怖い、とは、もう思わないでいたい。

「かっこよかったよ」

「、ん、」

「よしよし」

柔らかい光に当てられてきらきらしている髪に指を通し、遥が満足するまで抱き締めていることにした。




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