「まだ遥とつるんでるのか?いい加減やめなさい。君の為にも─」

「だから、そういうのも全部、もうやめて」

「やめるのはお前の方だろう。お前が犯したことは覆らない。それをのうのうと生きていくなんて、絶対許さないからな」

「……父さんは、俺がどうなったら満足するの?」

「それはお前が…」

この荒ぶる声に、通りすぎた何人かが振り返ったけれどすぐに前を向き直って足早に帰っていった。部活のある生徒以外はもう、ほとんど通ったであろう校門で、志乃は男らしく父親を見つめている。前はぼろくそ言われてたのに…こんなに成長と言うかなんと言うか分からないけど、変わったのかと、なぜか僕まで誇らしくなる。でもそれは目の前のお父さんには伝わっていない。それが悲しくて、酷く冷たく感じる。

「ごめん、嘘。わかってるから、いい、言わなくて。父さんはずっと変わらないから」

そうだ、わざわざそんなことを言いに来ただけなら、逆に執着しているのは父親の方ではないか。志乃が…遥が、彼から離れようとするのを、引き留めるみたいな…もちろん、“そんなこと”と言っていい話でないことは分かっている。それでもそれはやっぱり、こんな場所で立ったまま喧嘩腰でしていい話じゃないと思うから。
あくまでそれは、彼が遥に会いに来た口実にすぎないんじゃないかと、ふと思ったのだ。

「話、それだけ?」

この人は、遥に執着されていたいのかもしれない。そうでないと忘れられそうで恐いのかもしれない。遥が前をみて、幸せになろうとするのを許せないのは、彼自身がまだ、過去に囚われているから…この人が遥を心の底から恨んでいるとか、嫌っているとか、それが事実だってことは前に会ったときに感じた。それでも遥は必死に見てもらおうとしていて…僕は、いっそこの人から遥を取り上げてしまおうかと確かに思っていた。それが正しいと、次会ったときもこの人が変わっていなかったら、本当にそう言おうと思っていた。
でもその必要はもうない気がする。遥が自分自身で、この人の呪縛から解かれようとしているから。つまりそれは決別で、けれど遥はこの人のことを大事に思っているから、“要らない”とは言わない。

「ああ、それだけだ」

「…そっか、じゃあ、俺帰るね」

またなとも、気を付けてとも言わないで、コートを纏った背中が僕らに向いた。

「……俺たちも帰ろ」

「うん…」

はちみつ色の髪が、冷たい空気に透けて夏の日差しを浴びるのとは違う光り方をしていた。あ、綺麗だなと、思いながらも目を逸らし、コートの背中へ視線を戻す。

「いいの?」

「…うん、大丈夫」

それが、その成長が少し、恐い。

「……大丈夫だよ。帰ろ」

「ん、」

どうしてそう感じたのか、はっきりとした理由は分からない。ただ、僕に嫌われることを極度に怖がっていた遥も、変わってしまう気がして、それが寂しいと思ったのかもしれない。
帰り道、時おり肩が触れる距離を保って僕らは無言だった。何か喋った方が良いかと隣を見たけれど、きゅっと噛まれたままの唇に、やめておこうと僕も口を閉ざした。やっと言葉を交わしたのは志乃家に着いてからで、俺の部屋上がってて、という事務的なものだった。

「俺、お茶持ってくから」

「ありがとう」

僕は素直にそれに従い遥の部屋に入った。
やっと少し馴染んだそこは、相変わらず写真が並んでいる。増えることはあっても減ることはなく、最初は見られたくなさそうにしていた中学時代の写真も、ずっとそこにある。



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