「うわー、体重めっちゃ増えてるわ」

「え、やっぱ?太ったと思ってた」

「まじか。言ってよ。まー食って寝て食って寝ての冬休みだったからな〜寒いからあんまり外にも出なかったし。ダイエットした方がいいかな」

「女子かよ」

「三崎さんも同じこと言ってた?」

「言ってた」

「まじか、俺女子じゃん」

「あ、俺バイトだし行くわ」

二週間ほどあった冬休みが明けた。

「おー頑張れー」

「おーまた明日なー」

高坂くんに続いて谷口くんもタイムセールがもうすぐだと言って慌てて帰っていった。お母さんに頼まれたらしい買い物へ律儀に行くところが、ここ何ヵ月かで知った谷口くんの一面。
僕らも帰ろうかと、志乃と一緒に昇降口を出る。今日はこのまま志乃の家にお邪魔することになっていて、浮き足立っているのがばれたら恥ずかしいなと思いながら隣に並ぶ。けれど、平和に新年を迎え、始業式を終えたその日、ちょっとした波風がたった。

「遥」

「…え、」

午前で始業式とホームルームを終えて学校を出たところで、志乃が足を止めたのだ。校門に立っていたその人に、驚いたんだろう。お互いに将来のことを考えたり、今すべき事を考えたりして何事もなく新学期を迎え、このまま穏やかに今日も終わるのだと思っていた。

「なに、どうしたの…父さん」

「言い忘れたことがある」

志乃のお父さんだ。スーツにコートを羽織った姿は違和感無くサラリーマンで、そして“父親”っぽい。でも、久しぶりに見た彼は、やっぱり険しい顔つきで志乃を見ていて、これが父親のする顔かと、思ってしまうほどだった。そんな風にじっと見つめている僕には気付いていないようで、志乃を一直線に見ている。

「うちで、待ってれば良かったのに」

「時間がない。このまま仕事に戻る」

「……そう、何の話?」

ゆっくりと、志乃は父親に向かって歩き出し、僕は何となく動けなくてその場で志乃の背中を見つめた。
下校していく生徒が居る中で、あの二人の変な雰囲気を感じているのは僕だけだろうか。みんなわりと気にしないで通りすぎていく。ただの迎えだと思っているのかもしれない。僕だけが、手でもあげられるんじゃないかと気にしている。だけど一応、志乃の“付き合ってる人”で名前を知られているはず…顔は認識されていないけれど…あまり堂々としていて良いのかも分からず、本当は駆け寄りたいのに、出来ないままでこそこから動けなかった。

「忘れてるみたいだったから一つ」

グッと距離が近づき志乃の耳元で囁くように、彼はぽつりと言葉を漏らした。

「お前は、人殺しだぞ」と。
はっきりと聞き取れたわけじゃない、口の動きと顔と、そして強張った志乃の背中に、息が詰まる。どうしてそれを、今ここへ来てまで言うのか。彼は海外に行っていて、体調を崩して入院して、どうして今なんだろうか。

「…忘れるわけない。一日も忘れたことなんかないよ」

「どうだか。忘れてなきゃ、あんなこと言えないんじゃないのか」

「なにそれ…」

「また仕事でしばらく帰らないから、釘だけ刺しておこうと思って。いいか、お前は人殺しだ。そんな人間が一丁前に誰かを好きだなんて言うんじゃない。虫酸が走る」

ゾッとした。大事な人を失った悲しみの大きさその人にしかわからない。他人がどうこう言えることじゃない。そんなの分かっている。分かっているけれど、それを言えば僕だって同じだ。父さんを亡くしているんだから、全くわからないわけじゃない。
志乃のお父さんは見知らぬ高校生に生意気を言われたということ自体忘れているのか、全く変わらない口調で僕の存在も気にせず志乃に同じ事を言う。

「はる─」

「父さんは、変わらないね」

「何?」

「変わらないって言った。全然変わらない。全部俺が悪いのも、恨まれる原因も何もかも分かってるけど、でも俺は父さんよりずっと母さんのことも父さんのことも大事に思ってるから、変わろうと思ったんだよ」

一歩、前に出た僕より先に志乃は堂々と、声を震わせること無く、そう言った。

「学校のこともそうだけど…もう父さんの為だけに卒業したいとは、思ってない。俺は俺の為に卒業するし、父さんになんて言われようと、付き合ってる人とも別れない」

お父さんがぐっと目を見開くのと、僕が目を見開いたのはたぶん同時で、やっと志乃の背中に近づく頃には二人は少し離れていて。

「俺はずっと母さんの事忘れたりしないし、やり直すためにも今しなきゃいけないこときちんとする。それを父さんがまだ否定するなら、俺はもう─」

「、はるか」

要らない、と、たぶんそう続いていただろう。それを遮って志乃の腕を引くと、少し驚いたような顔をされた。

「ごめん、話の途中で…」

「んーん、ありがと」

「へ、」

「あはは、止めてくれなかったら、父さんと同じこと、言ってたかも。俺が言いたいのは、そういうことじゃなくて、もう…父さんに認めてもらう為だけに頑張るのはやめる、って話だから」

「…君、確か前にも…」

「はい、えっと…あのときはすみませんでした。口出しして」

一応、覚えてはいるんだ。そりゃそうか、普通なら覚えていることだろうし…でも、遥の固い決意についてスルーっていうのはどうなんだろう。そして、僕が“りん”だということは分かっていなさそうだった。それに安心している自分も確かにいる。でも、僕だって堂々と言いたい気持ちがある。ただ、今はそういう状況じゃないし、また僕が口を出していいのかも分からない。



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