「見えた?」

ドアを開け、空を仰ぐよりも先に電話越しから聞こえるはずの声が、直接耳に届いたことに気づく。

「え、あ…」

「間に合った!?」

「へ?あ、時間…」

携帯の画面には11時59分の表示。志乃は肩で息をしながら「良かった」と呟いて、そういえばこういうの前もあったなと思い出した僕に満面の笑みを浮かべた。

「去年はお世話になりました。今年もよろしくお願いします」

「っ、こちらこそ…」

リビングから漏れていたテレビの音、それが賑やかになり、あ、明けた、と悟る。

「わざわざ、来てくれたの?」

「うん、やっぱり、会いたくて。電話したかったけど、間に合うか微妙だったから…」

「ありがと、う」

赤くなった鼻が可哀想で、指先で触れるとやっぱり冷たくなっていた。

「りんちゃん温かい」

「遥が、冷えてるんだよ」

「走るのに夢中で、あんまり寒いと思わなかった。あ、星見えた?」

「あ、まだ」

「見て、すごいよ」

冷たいのに少し汗ばんだ手に引かれ道路に出ると、確かに綺麗な星空が広がっていた。寒くなると夜空を見上げることが減るのだろうか、久しぶりに星を見た気がする。

「ほんとだ」

「一番にりんちゃんに会えて良かった〜」

「…僕も。でも大丈夫?疲れてない?」

「りんの顔見たらそんなのどっかいっちゃった」

「、そう」

繋いだままの手に力を込め、寒いから入ってと玄関に戻ると、志乃は帰るからいいよと眉を下げた。

「そっか、もう遅いもんね」

「あーそうじゃない、んだけど」

「?」

「今俺めちゃくちゃちゅーしたい」

「へ?」

「だから、ちゅーしたい。でもしたらなんかもういろいろ我慢とかできないし…今日も会えないと思ってたのに会えたから、我が儘とか言っちゃいそうだし…会えただけでも嬉しいのに。だから潔く帰った方がいいかなって」

何を今さらと笑えば、切なげに目を伏せた志乃がそっと手を離した。

「明日も会えない、し…はぁー、りんちゃん不足になっちゃう」

「……」

「…一回だけキスしてもいーい?」

「いいよ」

「いいの!目閉じてー」

大きな手に両頬を包み込まれ、金髪が揺れながら近づく。ふわりと、唇同士が軽く重なって擦れた。冷えた唇に、背筋がぞくりとふるえて反れたのが分かる。けれどその余韻に浸る暇もなく、リビングから「りんちゃーん」と僕を呼ぶ声が響いた。

「っ、母さん?」

「あ、はるちゃんだー、こんばんは、明けましておめでとう」

「おめでとうございます」

「今年もりんちゃんともどもよろしくね」

「いえ、こちらこそ」

「一人できたの?寒かったでしょ、早く上がって」

眠そうに目を擦りながらリビングから顔を出す母さんは、年越し寝ちゃってたと小さく笑ってあくびを漏らした。テレビが賑やかで、目が覚めたんだろう。

「あ、はるちゃんお腹すいてない?巻き寿司あるから食べていきなよ」

「あ、いえ、すぐ帰ります」

「えー、帰っちゃうの?せっかくだからご飯食べて初詣行っておいでよ」

「母さん、遥…あ、したもやることあるから、早く帰るって…」

「そっかあ、残念。じゃあ…まお起きそうにないし、初詣は昼間にいこっか」

「うん」

まおが起きそうにない、というのはもちろんだけど、母さんも相当眠そうだ。例えそうじゃなくてもまおを一人置いて出掛けることはできない。

「遥、本当に帰る?」

「あっ、えと、俺…行きたい、な。それ…初詣?行ったことないから、どんなのか知らないし」

「あらそうなの?じゃあ行ってきなよ、りんちゃん上着持ってくるね」

「いや、母さん…」

「行きたくない?」

「そうじゃないけど…」

むしろ行きたい。

「でも遥、明日も…ていうか今日?早く起きるんでしょ、大丈夫?」

「そんなの平気!だから行こ」

眩しい笑顔だ。
僕は蚊の鳴くような声で「うん」と頷き、受け取った上着を大人しく纏って鍵をポケットにしまって、志乃と家を出た。

初めて家族以外とお正月を過ごしたと思ったけど、お正月に限らず、志乃と出会ってからたくさんの初めてを経験した気がする。夏休みの過ごし方とか、修学旅行とか文化祭とかの学校行事の楽しみ方とか、人を好きになることとか。僕はその一つ一つにお礼をして、また一年みんなが健康に過ごせますようにと祈った。

─ to be continue ..



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