「ほんとはりんちゃんと一緒に言いたかったけど、父さんのことだからりんにまで酷いこと言うだろし…でも俺、たぶん今回は父さんのこと、言い負かせたかも知れない」

「え、何言ったの」

それは秘密と泣きそうな情けない顔をして笑った志乃は「もう無理かもって、言っちゃったけど…そんなに簡単には言いたくないね、やっぱり」と続けながら視線を彷徨わせた。

「なんか無理って言っちゃったら、りんちゃんとのことも簡単に言ってるって思われるかなって」

思わないよ、少なくとも僕は。とは、言えなかった。思いのほか志乃が真剣な目をしていたから。その割に穏やかな口調だったから。

「父さんに認めてもらおうとか、そればっかりで高校出ようって考えてたけど、今はそれより自分の為な気がして…父さんに意味ないって言われても関係ないっていうか…今日、そう思ったんだよね 」

「…そっか」

「へへ、俺がりんちゃんと居たいだけかな」

「いいんじゃないの、なんでも」

あ、だめだ、顔、赤い。絶対。
お父さんになんて言ったのか教えてよとか、本当は聞きたかったのに。この調子だと、それを聞いたらもっと恥ずかしくなる予感がしてやめた。もう黙ろうとつま先に視線を落としたけれど、今度は志乃が僕の顔を覗き込んできて「ねえ、そういえば、りんちゃん卒業したらどうするの?大学行くの?」と問うた。

「へ…」

今ここでその話題が出るとは。

「前、考えてるって…あ、俺に話したくないことならいいんだよ、全然。でも、もしが大学行くって言って一人で家も出ちゃったら寂しいなって…もちろん、だからやめてとは言わない…けど、んん〜言いたくはないんだけど」

「…ふっ、」

「なんで笑うの〜俺真剣に悩んでるのに」

「いや、だって…まず僕の返事聞いてから悩んでよ」

「だって…なんか聞いていいのか分かんなかったし。俺に相談したってあてにならないとか思われてたらなおさら」

「あはは、そっか」

そっか、そっか…一緒にいるための努力が必用なわけじゃないけれど、僕らはこれからいろんなことが変わっていくから。その中で変えたくないものがあって、どうしたらいいか、それを考えていただけ、のことだ。
母さんとは何度も話し合ったものの、いまだにはっきりと答えを出せいない。いや、僕が出せていないだけで、母さんは僕がこうしたいと言えば、きっと応援してくれるはずだ。結論はそこに見えている筈なのに、いつまでも尻込みしているのは僕で。それが、どうしてか今、さらりと口をついて出ていった。

「……進学、しても、うちから通える学校にするつもりだよ」

「本当に?」

「うん」

「良かった〜あ、でもそれでりんちゃんの選択肢減らしちゃうのも…」

「いいの、それは。僕がしたいことがここで出来るのに、わざわざ出てく必要ないでしょ。僕だってまおと一緒に居たいし、母さんのことも心配だし…もちろん、遥のことも…」

担任がくれた資料は、まるで僕の頭の中をのぞいたみたいに、とても参考になるものだった。電車で1時間以内の通学時間、うちの学校からの推薦枠、給付型奨学金、とか。

「俺もうそれだけで幸せ」

「え」

「りんちゃんが俺のこと考えてくれてたってこと」

「そりゃあ、考えるよ」

「えへへ」

「…栄養士、になりたいんだ」

足が止まった。
震える声でそう告げた時、母さんは笑顔でいいじゃないかと応援してくれた。でもその為には大学に通う必要があって、そうなるとお金も時間もかかる。そこまでしたいことかと考えると、そうでもない気がしてきて結局曖昧にしてきていたのだ。立ち止まった僕に、志乃は「りんちゃんぽい」と微笑んで、頭を撫でた。

「あ、でもそしたらりんちゃんと一緒にお店出来るかな。それも楽しそうだね」

お金の心配をしすぎるのも母さんに悪い気がしていて、でもだからと言って気にするなと言われるままことを進めるのもいけないと踏み止まっていた。
冬休みが明けたら最終の進路希望を出さなければいけない。直前で変えたってたぶん怒られはしないし、そうする同級生も少なくはないだろう。でも僕はそんな中途半端な気持ちでいたくはないし、何より真剣に向き合ってくれる母さんを裏切るみたいで出来ない。今日、母さんが帰ってきたら話そう。そう決意して、止まっていた足を前に出した。

「谷口くんの家、もうすぐそこだよ」

「もうちょっとりんちゃんと歩きたかったな〜 」

「寒いでしょ」

「んー、寒いけど…でもほら、俺の手温かいでしょ 」

「、はる…」

「いいじゃん、ポッケ入れちゃえば見えないよ 」

柔らかく握られた手はそのまま志乃の上着にポケットに誘導され、逃げようと思えば簡単に逃げられるのに僕はそうしないで大人しく暖かな手に触れていた。



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