それから三人でケーキを食べようと手を合わせたら、良いタイミングで母さんが帰ってきた。せっかくだからと四人で大きなケーキを囲い、結局全て食べてしまった。ケーキ屋さんのケーキとは違う、特別美味しいものではないのに。みんな美味しい美味しいとたくさん食べてくれて嬉しかったし、確かに味云々と言うよりこうしてみなんで食べると言うこと自体が気分を上げてくれていて。だから何倍も美味しく感じるのかもしれない。

「あ、しまった〜忘れ物した」

使ったフォークを片しながらリビングのソファに座る僕らを振り返った母さんは「ちょっと行ってくるね」と付け加えた。

「え、仕事場?」

「ううん、駅前の雑貨屋さん。お取り寄せのキャンドルの受け取り今日だったから帰りに寄ろうと思ってたんだけど…早く帰りたくて忘れちゃった」

ぱたぱたと手を拭いて、上着上着ともうさっそく出かける準備を始めた母さんに思わず自分が言ってくると声を掛けた。

「え、いいよ、寒いし待ってて」

「せっかく早く帰って来たんだし、ゆっくりしててよ。駅前の…あのレンガ造りのお店?」

「うん、でもやっぱりままが…」

「じゃあ、俺も一緒に行く。一人じゃ心配だから」

「だいじょ─」

「はるちゃんが一緒なら心強いな〜、じゃあ二人で行ってきてくれる?」

今とんでもなく子ども扱いをされてる気がする…いや、確実にされてる。
そんな僕の思案も虚しくじゃあ暗くなる前にと、早々に目的の場所へ向かうことになった。本当に、一人でも全然大丈夫だしむしろクリスマスイブに男二人でクリスマスムードに満ち溢れた駅前をうろつくのっていかがなものか…と、そう言えばきっと志乃は恋人じゃんと言ってへらりと笑ってくれるんだろう。

「寒くない?」

「寒いけど平気」

「手繋ぐ?」

「滑ったら危ないよ」

「大丈夫なのに〜」

結局手を繋ぐことはなかったけど、傍から見たら不自然なほどぴたりと寄り添って賑やかな道を歩いた。クリスマスソングに美味しそうな匂い、店頭でサンタの服装をした人の商品アピールの声、新鮮に感じるのはクリスマスに自分がこうして出かけたことがなかったからだ。そうか、世間はこんなにクリスマスを楽しんでいるのかと、胸が躍った。

「あ、あのお店?」

「あ、うん、」

「可愛いね」

その言葉通り可愛いドアをくぐって店内に入ると母さんが好きそうな雑貨がずらりと並んでいた。それを興味深そうに眺める志乃に待ってもらい、僕はレジカウンターで店員さんに声を掛けた。

「今日の受け取りでキャンドルをお願いしていた音羽ですけど」

「あー、はい、少々お待ちください……こちらですね、お名前の確認だけよろしいですか?」

母さんから預かってきた紙を渡し、カウンターに置かれた箱を見るときちんと母さんの名前のメモが付いていた。

「はい、大丈夫です」

暖かな空気はもうすでに体になじみつつあり、またあの寒い外へ出るのかと一瞬思うのと、振り返った先に志乃が居ないと気づいたのは同時だった。

「あ、れ…遥?」

そんなに広くないはず店内をぐるりと見渡したけれど見慣れた金髪はなく、道沿いのショーウィンドウの向こう、つまりお店の外にその姿を見つけた。もう出ていたのかと足早にお店を出ると志乃は強張った顔で携帯を耳に当てていた。「遥」と、呼ぼうとした声が出なくなってしまうほど、怖い顔をしていた志乃は僕に気付いて慌てて口元を緩めた。その泣きそうな顔に首を傾げたけれど視線はすぐに逸らされてしまう。

「うん、分かった…じゃあ、あとで、ん」

志乃が電話…いまだに見慣れないその光景を断ち切る様に、志乃は再び僕を見て「受け取れた?」となんでもない顔で問うた。

「あ、うん。…遥、電話…良かったの?」

「え?あ、うん、ばあちゃんから」

「あ、そう…」

志乃家でもクリスマスのご馳走を用意してあるから早く帰っておいでねと、そう言った旨の電話…ではないだろう。あのひきつった顔は、そんな和やかな話ではなさそうだ。でもなんとなくそれ以上聞く事ができなくて「そっか、じゃあ行こう」と、遥を見上げた。

「ん、」

そのまま家路についたもののやっぱり様子がおかしい。話しかけても返事がワンテンポ遅れているし、志乃からも話しかけてこない。ぼんやりと俯き加減で、けれど時折触れる手には力が入っているのか拳のまま。

「遥」

「…ん、なに?」

「どうかした?」と聞くのは簡単だ。でも何故が声が喉に詰まって聞けない。

「あ…ううん、寒い?」

「少し」

「……早めに帰る?今夜も雪降るって言ってたし」

「え、」

「おばあちゃんたち、ご飯用意して待ってるんじゃない?」

「…」

駅前のにぎやかさを通り過ぎ、もう少しでうちにつく。その道で志乃は足を止めてまた泣きそうな顔をした。

「りんちゃんと一緒に居たいなあ…」

「へ?あ、うん、もちろ─」

「でも、帰った方が、いいのかも」

きゅっと唇を噛んだ志乃はそのまま俯いて小さな声で「父さんが」と呟いた。

「昨日、帰国したらしい、んだけど…体調悪くてそのまま入院したって…」

「え!?入院って…大丈夫なの?」

想像もしてなかった答えに思わず大きな声が出てしまった。けれど志乃は相変わらず小さな声で「大丈夫、みたいだけど…」と微妙な反応。それもそうか、志乃のお父さんが外国に行くと言った日、あんな別れ方をしたんだし…忘れていたわけではないけれど、記憶は薄れかけていた。志乃がこんなに微妙な顔をしている理由はよく分かったけど、それでも父親を心配している。そんな志乃がやっぱり好きだなと、不謹慎なことを考えてしまった。

「早く、行った方が…」

「……うん…」

あそこまで言われてもそれでもたった一人の父親だから…捨ててしまえば楽になるのに、それが出来ない志乃が可哀想なのに、愛しい。それから悔しい。どうして志乃の努力をあの人は見てあげないのか、と。


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