12月24日、クリスマスイブ。

「はるちゃあん、ここも〜」

「ここ?」

「もうちょっとこっち!」

「え、こっち?」

「はんたい!」

「あ、こら、まお。叩いちゃダメでしょ」

部屋の飾り付け、と言うほどではないけれど。ガラスに貼り付けるシールをクリスマス兼冬仕様にしてくれる志乃の傍ら、まおがぱっと手を後ろに回した。

「さわってない!」

背伸びをしてまでリビングの窓を飾ってくれていた志乃は「痛くないから平気だよ」と笑って、まおの頭を撫でてやっぱり叩いたのかと、小さくため息をおとした。何かを察したらしいあの日以来、まおは本当に何事もないように過ごしているし、僕らも気にしてない。が、若干、ほんの少し、まおの志乃へのあたりが強くなっている、気がする。あくまで気がするだけだけど。

「自分がされて嫌なことは?」

「……しない」

「サンタさんが来るのは?」

「良い子にしてるおうち!」

「そうだね、じゃあもう叩いちゃダメだよ」

「はい」

母さんが可愛かったからと買ってきたシールは、シートの中以上に可愛らしく窓を飾った。雪の結晶と、雪だるま、濃淡の違う青の丸。確かに可愛いけど、剥がし忘れないようにしないと来年の冬までそこにありそうだ。もっとも、剥がそうとしたらしたでまおが嫌がりそうだけど。

「まお、ケーキ焼けたよ」

「わーい、まおクリームぬる〜」

「先に手洗ってね」

「はーい」

久しぶりに焼いたケーキをテーブルに置くと、近寄ってきた志乃に唇を指でなぞられた。何だと言えば、「クリームついてたの」と、その指をくわえた。それが妙に色っぽく見えるのは、たぶん僕だけだ。

「りん〜?」

いや、ダメだ、考えるだけ恥ずかしい。
シャカシャカと自力で泡立てたクリーム。ご褒美に少しだけと思って舐めたそれが…何で口の周りに付いちゃうかなと、自分が子供っぽくて更に恥ずかしくなる。

「りん」

「なに?」

とことこと隣に並んだ志乃は、ゆっくり僕の腰に手を当てて「体平気?」と、優しい顔で問うた。

「、うん」

だめだ、顔、熱い。
なんでこんなに心が乱れているのかなんて、考えなくても分かっている。昨日の行為だ。やっぱり恥ずかしい。どうしても慣れない恥ずかしさに平常心を保っていられないのだ。志乃が少しでも触れ、それに意図がないと分かっていてもドキドキしてしまう。確実に、志乃は初めての後より余裕な顔をしている。

「痛くない?」

「平気」

男前って、こういうことに免疫出来るのも早いのか…悔しい。
「そっか」と、もうほんとに目眩がするくらいの微笑みをくれる志乃に、それは増す一方で。ゆるゆると撫でられる背中には気づかないふりをしてそんなことを考えていたら、戻ってきたまおが濡れたままの手を僕の背中にあった手に絡ませた。

「わっ」

「えへへ〜ぬれた〜?」

「濡れたー」

「こーら、ちゃんとタオルで拭かないと」

「はーい、あ、イチゴ!まおがのせる!」

「どうぞ、届く?」

「うん!わーい、いっぱいのせていいー?」

「うん。でもサンタさんと雪だるまの飾りもあるからね」

「分かった!」

スポンジに生クリームを塗り、まおが一つ一つ丁寧にイチゴを並べて去年より少しだけ豪華なケーキが完成した。砂糖で出来たサンタクロースは見た目より美味しくないと分かっていながら、それでも見た目と雰囲気は満点でクリスマスを充分に演出してくれた。まおも大喜びでぴょんぴょんはねるくらいに。

「あ、クリスマスのうた覚えたから歌う〜」

「保育園で練習したの?聞かせて」

「んーとお、まっかなおはなのー」

雪の降る音が聞こえてきそうなほど、大粒の雪が落ちるのが窓越しに見える。それを背景にご機嫌で歌うまおが天使すぎて、テーブルを拭く手が止まってしまった。

「りん」

「ん?」

「クリスマスプレゼント…用意してなくてごめんね」

「え、いや、いいよ、僕も何も…」

「俺はいっつもたくさんもらってるからいいの」

「…それ、ほらいつも、僕からもらってるって言うけど…」

実際何をしているのか自分でも分からない。何でもないことなんだろう、それを、志乃は特別なものみたいに…

「そりゃあね、りんちゃんが何かプレゼントしてくれたら嬉しいよ。一生大事にする。でもね、それ以上に俺はりんちゃんが大事だから、りんちゃんがしてくれたこととか言ってくれたこととか、全部が大事なの」

「りんが、好きって言ってチューしてくれたら、それだけで幸せだし」と言って、志乃は歌うまおを見ながら目を細めた。

「でもー、りんちゃんにあげたいものはいっぱいあるんだよね」

「いや、いいって」

もちろん僕だって志乃と同じ。こんな男前が僕だけに好きだと言ってくれているという現実は、むしろ僕の方が得ているものが多い気さえする。

「りんちゃんのとこにもサンタさん来るといいのに」

「あはは、それは難しいね」

「え〜、じゃあサンタさんうち来ないの?」

一曲歌い終わって次は何にしようかなと首を傾げていたまおが、悲鳴めいた声を上げた。「まおのところにはちゃんと来てくれるよ」と返すとじゃありんちゃんもプレゼントもらえるねと、屈託なく笑いかけられて胸が苦しくなった。そのサンタさんとはまさに僕なんだ、なんて言えるわけもなく「サンタさんは子供にプレゼントを配る人だから、僕にはどうかな」とだけ返しておいた。


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