「遥は?家の手伝いとかするの?」
「んー?うん、一応少しはね。でもりんちゃんに会いたいな〜」
まだ暖房は効いていないけれど、志乃の体温でかなり温かい。首筋にかかる息や触れる髪がくすぐったいことを除けば、文句なしに居心地が良い。頬を掠めた髪に指を通しながら「そうだね、会いたいね」と返すと人懐っこい犬みたいに鼻をすり付けてきた。
「遥、」
「りん─」
キスしたいなと、たぶんお互い同じタイミングで思った。無意識に近づいた顔は、けれど重なることはなくて。僕のブレザーのポケットで、ヴーヴーと携帯が振るえたからだ。
「へっ、僕の…」
「電話じゃない?長いよ」
電話って…まさか保育園だろうか、まおに何かあったんだろうかと、一瞬考えてしまい心臓が跳ねた。どくどくとうるさい頭は、携帯の画面に表示された“谷口くん”の文字に一気に静かになった。それでも動悸は直ぐには治まらず、もしもしという声は僅かに震えていた。
「あ、もしもし音羽?」
「うん、どうしたの」
「あのさ、25日って空いてる?今日聞こうと思ってたんだけど、担任に捕まって帰り声かけれなかったから」
「25日…って、明後日?」
「うん。うちでクリスマスパーティーするんだけど、音羽も来ないかなって。まおちゃんも一緒に。あ、もちろん志乃も。高坂と三崎ちゃんも来るし」
「まおも、いいの?」
「あはは、大歓迎。康太もいるし、何人か友達呼ぶって言ってたし」
「ちょっと待ってね、」
耳から少し携帯を離して振り向くと、話は全部聞こえていたらしく「りんちゃんが行くなら一緒に行く」と、柔らかい声が鼓膜を揺らした。
「あ、谷口くん、じゃあ明後日、三人でお邪魔してもいい、かな」
「オッケー、また時間とかメールするわ。家も分かんなかったら近くまで迎え行くし」
「うん、ありがとう」
「おう、じゃあまた」
クリスマスパーティー、か。
そういえばそんなの、学校や地域の行事以外家でした記憶はほとんどなくて。去年はまおが楽しみにしてたから頑張ってケーキとご飯をつくった。それからサンタさん来ると良いねとなかなか寝ないまおを寝かしつけ、母さんと前から用意していたプレゼントと手紙を枕元に置くというベタな夜を過ごした。今年もイブの夜はそうするつもりだ。
「クリスマスパーティーかあ、楽しそうだね。俺そういうの行ったことない」
「僕もほとんどないよ」
「…りんちゃん」
「ん?」
ぽとり、僕の手から携帯を抜き取った志乃は、それをテーブルの下に置いてさっきの続きだと言うように顎を掴んだ。
「遥、」
「りんちゃん、気づいてる?」
「へ、なに…」
「最近、みんなの前でもたまに遥、って呼んでるの」
「えっ、」
「樹ももうにやにやしたりしないから、普通に聞き流してるけど」
あ、そういえば、この前微妙な顔をされた気がする。あえて突っ込まないでいてくれたのか…いやでも、それはそれで恥ずかしい、かも。
「……」
「嫌なのー?俺は嬉しいけど」
「嫌、とかじゃなくて」
「でも、二人っきりの時に呼ばれるのも特別って感じで好き。…って、前もこれ言ったかも」
軽い笑いを漏らしながら、僕のブレザーに手がかけられた。もう、部屋も暖かいし、志乃も羽織っていない。
「ん、」
「ハンガー、掛けとかないとね」
「自分でやるからいいよ」
捕まる前に志乃の上から退き、僕のために置いてくれているハンガーを一つ借りた。志乃のブレザーの横にそれをかけると、サイズが随分違ってかなり体格差があるように見えた。
「りんちゃん」
「っ、」
突っ立ってそれを眺めていたら、座ったまま腕を広げて僕を待つ声に呼ばれ、再び足の間に腰を下ろした。今度はちゃんと向かい合って、それでもさっきよりは距離があり、すぐに腕を引かれて胸と胸がくっついた。体勢を正そうとその胸に手をつくと、カーディガン越しでも分かるほどその胸はドキドキとうるさくて。もう自分も同じようなものだというのに、余計に恥ずかしくなる。
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